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らんぶーたん
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novelistID. 3694
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小説インフィニットアンディスカバリー

INDEX|47ページ/65ページ|

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 ヴェスプレームの塔は、北大陸に興った封印軍の南大陸侵攻における橋頭堡として建設された。かつてはハイネイルの修行場として使われていた神殿の上に、月の鎖と同様の技でレオニードが創り出した巨大な建造物。奇蹟とも呼ぶべき力で生み出されたそれは、軍事拠点という役割とは別に、芸術的ともいうべき意匠をフェイエールを見下ろす大地に屹立させている。
 そう、レオニードの力は奇蹟だ。終わることの無いと思えた闇の底から、俺を引き上げてくれたその力は——
 夜のとばりから目を離し、ドミトリィは自分の右手を見つめた。レオニードのそれと同じ、赤い光を放つ月印がそこにぼんやりと浮かんでいる。
「ドミトリィ様」
 ドアを叩く音に続いて、聞き慣れた副官の声がし、ドミトリィは沈思の時間を終わりにした。
「入れ」
「フェイエールに入れていた者からの報告です。先刻の報告どおり、やはりフェイエール軍に動く気配はないと」
「そうか」
 全ては想定の範囲内だった。フェイエールに解放軍が入ったという報せを受けた後、レオニードは彼らを塔に引き入れたいとドミトリィに告げた。光の英雄と話がしたいとも。
 それからすぐ、ドミトリィはヴェスプレームの塔にあった戦力の大部分を伏せた。伏せたということだけが、フェイエールにもわかるようにだ。奇襲を警戒したフェイエール軍は、予想通り動かなかったようだ。逆に、塔を手薄にした分、解放軍は攻め込む機とも見るだろう。やつらに、いや、光の英雄には待つ時間がない。だから、やつらだけでも攻めてくる。
 すべては、想定の範囲内……。
 レオニードと光の英雄の会見のために、雑音は自分が排除する。任せた、とレオニードの手が肩に触れた時の熱を思い出すたびに、高揚感が全身を駆け巡る。
「内部に進入したものどもは、仰せの通り、放置してあります。ですが」
「かまわん。そのままでいい」
「はっ」
 シグムントの手の者が塔内に侵入していることも把握していた。おそらく相手も把握されていることをわかっているだろう。だが、小細工をしたところでどうにもならない。全てこの手でねじ伏せてやる。
「お前も外の部隊に合流しろ」
「しかしそれでは」
 有無を言わさぬ視線を送ると、副官は言葉を飲んで部屋を出て行った。
 ドミトリィは再び右手の光に目を落とす。拳をきつく握ると、かすかな痛みとともに月印が強く光り出した。この手で、この力でやつらを……。
 月印の赤に自らの憎悪を幻視しながら、ドミトリィはその向こうに映した敵の姿を睨み据えた。


 月明かりがいつになく青く、部屋の中の滞留物をキラキラと照らし出す。この光に比べれば、松明の明かりなど無粋でしかない。それでも今の自分にはいくらか冷たく感じられると、ミルシェは光の差し込む窓に目を向けた。
 そこに、シルエットが一つ。
 普段は鎧の下に隠している傷だらけの身体をさらけ出し、ぼんやりと窓の外を見る彼の姿が、今はいつもより遠くのものに思える。
「皮肉なものだな……」
 外に目をやりながら、シグムントが言った。
「大切なものを失い、悲嘆にくれて全てを捨て、新たな一歩を踏み出したはずが」
 彼がこちらを振り返ると、月明かりとは別の光が右手の甲からあふれ出していた。暖かな月印の光。それを見つめながら、シグムントは静かに続ける。
「……運命には抗いようがない、か。いや、むしろ感謝すべきか。大切なものを取り戻すことが出来たのだから」
「大切なもの?」
 ミルシェの疑問に答えず、彼はただ優しく笑うだけだ。出会った頃には見せなかった、柔らかい笑み。
 彼は変わった。
 光の英雄と呼ばれ、その役割を淡々とこなし続ける人形のようだった彼が、こんなにも優しく笑うようになった。彼を覆っていた堅い皮膜が、いつからか溶けてしまったかのように。しばらく離れていた間になにかあったのだろうか。なんとなくだが、ミルシェはその答えがわかるような気がしていた。
 カペルくん。
 彼とそっくりのあの男の子が、たぶん彼を変えたのだ。理由はわからない。姿がそっくりだから? たぶん、そうじゃない。もっと他の理由があるのだろう。そして、尋ねても彼は教えてはくれないだろう。だから、ミルシェはそれ以上、言葉を重ねることはしなかった。
 少し、くやしいな……。
 男の子に嫉妬している自分がおかしくて、ミルシェは少しだけ、そんな自分を笑いたくなった。
「明日は早い。もう寝た方がいい」
「うん」
 形だけにしかならない治療を終えれば、いつものように部屋を出る。
 押し開けると、建て付けの悪い宿のドアが音を立て、それが静まった廊下に響いた。
 そこで、ミルシェは足を止めた。
「……今日は、帰らないわ」
 同じように言ったことは何度もあった。その度に無言で否定されれば、同じだけ胸中で罵倒したものだ。女心もわからないくせに何が英雄よ、と。だけど、そんな彼だからこそ追いかけたくなったのかもしれない。硬質な印象ばかりが目立っていたが、放ってはおけないと思わせる弱さ、心の傷のようなものが見え隠れしていた。自分と同じだ。違うことは、彼はたぶん、自分の弱さに無自覚だったということ。だから、無茶をする。だから、こんな身体になってしまう。
「……わかった」
 ただ、今日は、彼が自分のわがままを受け入れてくれるような気がしていた。その予感は当たった。もう一つの予感は、当たらないでほしい……。
「運命に感謝すべき事がもう一つあった。君に出会えた。ありがとう、ミルシェ」
 自分だけに向けられた優しい笑みと、その向こうに見える暗い影の予感に、ミルシェの頬を一粒の雫が伝った。