小説インフィニットアンディスカバリー
そう思った瞬間、シグムントの手から剣がこぼれ落ちた。
手が震え——
身体が硬直し——
口から血があふれ出す——
「ぐっ……」
口に当てた手は吐血を抑えきれず、シグムントは自分の血で赤く染まった石畳の上にうずくまった。
くそ、こんなときに……。
「……くくく、ふははははははは。やはり神に愛されているのは余だ。そなたではないのだよ、英雄! ふふははははは」
シグムントを蹴り飛ばし、レオニードは笑い続けた。
「さしもの英雄も病には勝てぬか。さあ、どう料理してくれよう」
勝利を確かめたレオニードの高笑いが響き、役者じみた態度で考えてみせる。
「ふむ。英雄を生け贄に捧げれば、我が神もさぞかしお喜びになるだろう。そなたには贄の世界へと行ってもらうとするか。溜め込んだ力を使うのは少々もったいない気もするがな」
「シグムントさん!」
カペルの声が聞こえ、再び視界の端にその姿を捉える。サランダにやられたのか、血を流してはいるようだがカペルは無事だ。そう確認した直後、カペルに視線を移していたレオニードが、再びシグムントを見下ろして言った。
「いや、そなたはもう残滓に過ぎぬ、か……。希望を奪われ苦しみにのたうち回る姿を見るのも一興」
そう言ってレオニードがカペルの方へと歩み寄りながら、月印の力を解放させる。
「やめろ、レオニード……」
絞り出した声に振り返ったレオニードが不敵に笑い、紫色の雷光を迸らせる光球が頭上に掲げられた。それは一瞬にして膨れあがり、その内部に、ここではないどこかの光景を映し出す。
「消えろ」
ばりばりと音を立てて空間を抉り出す光球は、別の空間につながる門となる。
カペルを取り押さえていたサランダが飛び退くが、眼前に展開される異様な光景に圧倒されたのか、カペルが動けずにいる。
まずい。あそこに引きずり込まれては……。
本能的にそれが致命的な何か、カペルの生命を奪う、致命的な何かだと理解する。
瞬間、カペルが危ないと爆発した感情が、動かぬ身体を無理矢理動かした。
床を蹴り、シグムントはレオニードに飛びついた。
油断をしていたのか、反応の遅れたレオニードに手が届く僥倖に、離さないと決めた意志でとりつく。シグムントは、最期の力を振り絞って、光球を操るレオニードの腕を引き寄せた。
驚愕の色を浮かべたレオニードが振り払おうとする。しかし、自らが作り出した光球に引かれ始めた身体が、シグムントともども、徐々に宙に浮かびだす。
そうだ、これでいい……。
「は、離せ、英雄!」
英雄。
それはもう、自分を呼ぶ名ではない。
膨れあがった光球の向こうに吸い込まれながら、シグムントはただ、カペルの目を見つめていた。
こちらに向かって叫んでいる、自分と同じ顔の少年。
もう声は届かない。だから、心の中で語りかけた。
「カペル、月の力に頼らず、おまえはおまえのまま強くなれ」
伝えたいことはまだまだあった。だが、言葉にせずとも、それはいつかカペルに届くと思える。
「強く生きろ、カペル」
白濁していく世界の向こう側に、シグムントは声にならぬ声を残して消えた。
「カペル、世界を任せた——」
作品名:小説インフィニットアンディスカバリー 作家名:らんぶーたん