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らんぶーたん
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小説インフィニットアンディスカバリー

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<四>


 激しい爆発音が聞こえ、アーヤは急いで階段を駆け上がった。
 階段を抜けた先は天井も壁もない開け放たれた空間で、吹きつけた風に思わず髪を押さえたアーヤは、そこに複数の人影を見つけた。
 ひときわ目立つ深紅のドレスがサランダの存在を示し、その手前にカペルがへたり込んでいるのが見えた。少し離れたところにシグムントの姿があったが、その甲冑はすでにぼろぼろで、剣さえ捨ててレオニードに組み付いていた。
 必死の形相で組み付くシグムントの姿からは、普段の冷静沈着な英雄らしさは微塵も見て取れず、だからこそ、危機的な状況なのだということをアーヤに教えていた。
「は、離せ、英雄!」
 レオニードが叫ぶ。
 仮面の下に見える目が驚愕に震えているのは、その頭上に浮かぶ巨大な光球のせいだろうか。得体の知れないどこかの光景を映し出すそれは、さながら地獄への門だとアーヤは思った。シグムントに組み付かれて動きの取れないレオニードともども、二人は見えない力によって徐々に引きずられ、地獄の門に呑まれていく。
「シグムント様!」
 光球の輪郭が爆ぜ、地獄の門扉が開かれていくさまを想像させる。アーヤの叫びは、その破裂音に引きちぎられてかき消された。声は届かない。いっそ近づけばとも思ったが、そうしたところで同様に引きずり込まれるだけだという理解が先に立ち、アーヤはその場に立ち尽くした。
 ふと、紫色の雷光が迸る向こうで、レオニードを取り押さえていたシグムントの顔が和らいだように見えた。その視線はレオニードでもなければ自分でもなく、ただ一人を捉え続けている。
 カペルだ。
 怪我のせいなのかはわからないが、カペルはその場にへたり込んだまま、シグムントの方へと手を伸ばして叫んでいた。
 その光景に、ああ、シグムント様はカペルを守ろうとしているんだ、と直感的に理解したのもつかのま、シグムントとレオニードを呑み込んだ光球が急速に拡大し、その轟音と爆風がアーヤの視界と思考を遮った。
 爆発にも似た膨張がその場を蹂躙し、すぐに臨界に達すると、反動で一瞬のうちに収束する。
 点にまで収束したそれは、周囲を塗りつぶした轟音もろとも二人を呑み込み、霧散した。
 そこに二人の姿はすでに無く、ただ、静寂だけが取り残された。
「そんな……」
 シグムント様が消えた。人々の希望を一心に受け、ぼろぼろになるまで戦い続けた英雄が、消えた。
 自分を外の世界に連れ出してくれた希望が目の前で消失し、もうどこにもいないという思いが涙に変わろうとする。その瞬間、うずくまるカペルの向こうで揺らいだ深紅のドレスを見たアーヤは、サランダの目に明らかな殺意を感じとると、咄嗟に最後の一本となった矢を引き抜いた。
 サランダの鎖が伸び、カペルに殺到する。見るでもなく感じた身体が矢を放ち、月印の力を示す光軸を引きながら宙を駆けて、それを迎撃した。
 激しい火花を散らして衝突した矢と鎖がはじけ飛ぶ。驚きを浮かべたサランダに向かって、「させないわ!」とアーヤは叫んだ。声をかき消す雑音はすでに無く、その声は風に乗って相手に届く。アーヤの姿を確認したサランダが鎖の鞭を引き戻す隙に、アーヤは腰のナイフを逆手に引き抜きながら走り、カペルとの間に割って入った。
 近づけばはっきりとわかる。サランダの顔には焦燥が見て取れた。
「……あんたたち、やってくれたね! くっ、すぐに戻って、レオニード様をお救いしないと」
 救う?
 レオニードはシグムント様とともに消えてしまったんじゃないの?
 問い詰めたい衝動が口をつきそうになったが、サランダはその時間を与えてはくれなかった。
「英雄のおかげで命拾いしたね。だけど、次はもう誰も助けてはくれないよ!」
 その言葉にビクリと肩を震わせたカペルを見て、サランダがわずかに口元を綻ばせる。それがわかったときには、サランダは黒ずんだ光の靄を残して消えていた。

 敵が消え、シグムントが消え、その場を包む静寂の中に、カペルとアーヤだけが取り残された。ごうと駆け抜けた風が髪を揺らす。それを耳にかけ、アーヤはカペルに視線を流した。
 カペルが立ち上がろうとしない。大きな怪我はしていないようだが、目が虚ろに開かれている。
「大丈夫、カペル?」
「僕のせいで、シグムントさんが……」
 そう、シグムント様が消えた。それがショックなのはわかる。ただ、カペルがこうも落ち込んでいるというのがアーヤには意外だった。二人は出会って間もない。それにも関わらずカペルは……。
 離れていた間に何かあったのかもしれないと思考を巡らす一方、カペルらしくないその様子に胸を裂かれる思いがしたアーヤは、「……らしくないわね」とぽつりと漏らした。
「えっ?」
「らしくないって言ってるの。あんたがそんな顔してたら私が困るでしょ!? カペルなんて、どんな時でもしまりのない顔でへらへらしてればいいのよ」
「そ、そんな」
「立ちなさい!」
「……」
 まだ虚ろな目を浮かべるカペルを見ていられなくなり、アーヤは思わず目をそらした。そこに見えたのは、レオニードが消えてなお輝きを失わない月の鎖だった。
 そうだ、あれを斬らなくちゃ……。
「立ちなさいって言ってるのよ!」
「アーヤ……」
「カペル、しっかりしなさいよ! あなたはシグムント様に助けられたのよ!」
 自分の不器用さが腹立たしい。
 落ち込むカペルを元気づける方法もわからず、ただ怒鳴り散らすだけ……。気の利いた言葉も、優しく慰める態度も取れず、こんなやり方しか知らない自分が恨めしい。
「やることがあるでしょう? さあ、立ちなさい!」
「う、うん」
 それでも、カペルはいくらか正気を取り戻したようで、よろよろと立ち上がろうとした。それを確認すると、アーヤは目の端に捉えていたシグムントの剣を拾いに行った。
 シグムント様の剣……。
 まだシグムントの体温を残している生々しさが胸を突き、押しとどめていた涙が不意に溢れ出す。自分だって精一杯なんだ。ただ、今はそれをカペルに見せまいと、アーヤは涙をぬぐい去った。
「これ、使いなさい」
 この剣を使って鎖を斬るべきだと思う一方、カペルの顔を見れば押しとどめた涙がこぼれだしそうな気もする。アーヤは顔を横に向けたまま、シグムントの剣をカペルへと押しつけた。
 どうしていいかわからないと躊躇したのも一瞬、カペルは剣を受け取った。触れた手の温もりがカペルのもので、そこにいるのがシグムントじゃないことを教えてくれる。
 私がシグムント様と間違えて巻き込んでしまった、英雄とそっくりなくせに全然冴えない男の子。それでも、シグムント様と同じように、とは言えないが、いざという時には何かをやってくれると思える相手が目の前にいる。それがわかってやっと、アーヤはカペルの顔を見ることが出来た。
 カペルは月の鎖を見据えている。そして、ポケットから何かを取り出した。それはシグムントがしていたペンダントで、なぜ彼が持っているのかはわからないが、それを身につけながらカペルは言った。
「アーヤ、僕が鎖を斬るよ」
 こちらに据えられた視線に自分のそれを交錯させ、アーヤはこくりと頷いた。