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らんぶーたん
らんぶーたん
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小説インフィニットアンディスカバリー

INDEX|62ページ/65ページ|

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 ユージンがそう言った直後、吹き抜けの上、天井の一部が剥がれ落ちてきて、瓦礫となってミルシェたちのいるフロアに降り注いだ。たいした大きさではなかったが、高さがある分の衝撃が粉塵を巻き上げる。そして、それは始まりに過ぎなかった。今にも崩れ落ちると言わんばかりに天井に巨大な亀裂が走ると、吹き抜けを縦貫してそれを支えていた四本の支柱が音を立てて軋み始めた。
 崩壊の前兆——
 唯一の結論が脳裏をよぎり、上層に行った者たちの姿を亀裂の先に幻視したミルシェは、粉塵の向こうから「あんたたちは先に脱出するんだ」と響いたドミニカの声を聞いた。
「上に行ったやつらは私が必ず連れ出してやる。崩れ始めたらあんたたち魔術師は邪魔になるから外で待ってな!」
「でも……!」
「ミルシェ、あんたが怪我したら他の誰がやつらを治療するんだ。ユージン、ミルシェを連れてさっさと行きな!」
「わかった! 必ず無事で帰ってきてくれ」
「あいにく、勝算のないことはやらない主義なんでね」
 ドミニカの声は笑っているように聞こえた。彼女が転送陣に消えるのを見送り、いっそう激しくなった震動の中でミルシェは祈った。皆が無事に帰れることを。
「バルバガン、きみも早く!」
 ユージンとミルシェが出口へと向かおうとしたにも関わらず、バルバガンはその場に仁王立ちしていた。ユージンが促しても動こうとしない。
「おまえたちは先に行け。俺はここでやつらを待つ」
「何を言ってるんだ。さあ——」
「悪いが、出口の確保はいつも俺の役割だ。全員が無事に帰れるようにな」
「バルバガン……」
「いざとなったら塔ごと俺が支えてやらぁ。だからさっさと行け、ユージン、ミルシェ!」
 ぐいと親指を立てた男の背中に決意を見て取り、二人は時間を無駄にすることをやめた。
「後で会おう、バルバガン」
「おう!」


 微震に満たされた通路を抜けた先に、ドミニカはエドアルドを見つけた。だがそこにあったのは、震動よりも不快ななにかだった。
「なんだい、これは……」
 エドアルドを覆うのは禍々しく揺れる月印の光。黒く汚れたその光はまるで——
「封印騎士と同じ……?」
 その声が聞こえたのか、エドアルドがドミニカを見遣る。闇をたたえて赤く光った目に睨まれたと感じた直後、咆哮を上げたエドアルドが大剣を振り下ろした。
 剣の間合いのはるか外、衝撃波が床を粉砕して押し寄せてくる。咄嗟に横に飛び退いたドミニカの本能が槍を構えさせたが、予想された追撃はなく、その目には悶絶するエドアルドの姿が映る。
 月印が燃え上がるように光を放ち、それを押さえ込もうとエドアルドが身をよじる。その姿に一つの推論を立てたドミニカは、自分の月印に視線を落とした。
「月印の……暴走か?」
 あり得ない話ではない。そういう話を聞いたことがないわけじゃなかった。
 だが今はそれを考えている時間はない。
 直後、ドミニカの思考を遮るように部屋全体が激震し、部屋の奥で天井が崩れ落ちた。瓦礫が次々と降り注ぎ、その下にあった転送陣を閉じ込める。
 ドミニカは舌打ちをした。くそ、あれじゃ上に行けない……。
 一瞬の後悔の後、ドミニカはすぐに頭を切り換えた。戦場では迷っているものから死んでいく。その経験が彼女の意識をいま出来ることに集中させた。
「坊や、アーヤに何かあったらただじゃおかないよ……」
 それを後悔の最後にし、月印を発動させたドミニカは床を蹴ってエドアルドへ飛びかかった。説得できるような状況でないのが明白なら、考えられる対処法も一つしかない。
 身もだえていたエドアルドが遅れて剣を振り下ろす。びりびりと皮膚を焼くそれを紙一重でかわし、身をひねったドミニカがエドアルドの懐に飛び込むと、腹に強烈な一撃を叩き込んだ。遠慮のない一撃が禍々しい光ともどもエドアルドの意識を寸断する。気を失って崩れ落ちた彼をドミニカは担ぎ上げた。
「ったく、世話のかかる男だね」
 びくりと痙攣したエドアルドを見て頬を掻きながら、ドミニカは手に持った槍を捨てて、来た道を返した。
 自分に出来るのはここまでか……。さらに上に行ったのであろうアーヤとカペル、それにシグムントが無事であることを願いながら、揺れの激しくなった通路をドミニカは駆け戻った。


 外から見れば、この揺れが塔の消えゆく過程だということは明白だった。
 光の粉をまき散らす様は、何度も見てきた月の鎖の消失と同様で、まだ明るい空にさえ幻想的と思える光景を演出している。ただ、鼓膜を震わす崩壊の怒号が、幻想的、などと悠長に考える余裕を与えてくれはしなかった。
 月の鎖のような巨大な建造物を打ち立てることが出来るレオニードのことだから、この塔も同様の手段で建造したと考えてもおかしくはないだろう。それは同時に、上層から伸びた鎖を斬れば塔が崩れ始めるという構造になっていて、シグムントに対する罠としても機能したということか。
 ユージンはまさに崩壊を始めている塔の上層を見上げていた。隣には、その場にへたりこんでいるミルシェしかいない。シグムントも、バルバガンもいない。一緒に戦ってきた仲間の不在に胸が塞がれる。罠があると予想しながら、まんまと敵に乗せられた格好だということは否めない。参謀役を気取りながら、彼らの無事を祈るしかない状況にいることに忸怩たる思いがし、視線を落としたユージンは無意識に眼鏡に手をやった。
「ユージンくん、あれ……」
 力なく持ち上げた指で空を差し、ミルシェが呟く。彼女の方を振り向いた瞬間、巨大な影が大地を通り過ぎてその表情を隠した。次いで頭上から降り注いだ咆哮に肌を震わせられ、ユージンはもう一度、その視線を空へと戻すことになった。
 地上に巨大な影を落とすそれは、上空にあれば青いキャンパスに落とされた一点のシミでしかない。だが、その大きさが普通の鳥のものと違うことは明白だった。
「あれは……」
 ここからでも見て取れる大きな翼が広げられ、一度ふわりとその動きを止めた影は、次の瞬間、崩壊する塔の中へと飛び込んでいった。
「ミルシェくん。みんな助かるかもしれないよ」
「えっ?」
「今はただ、無事を祈ろう」
 粉塵の中から飛び出してきた影が方向を変え、塔をぐるりと旋回する。再び破壊の奔流の中へと飛び込んでいくそれを目で追いながら、ユージンは仲間たちの、そして、光の英雄の、古い友の無事を祈った。


 接合する力を失った塔の構造物が根こそぎ崩れ落ち、砂塵と瓦礫の瀑布となってオラデア山岳地帯の一角に降り注ぐ。
 瓦礫の一部が光の粒子をこぼし始め、塔の構造物自体が月の鎖と同じように消えようとしていると教えていたが、それを把握する余裕は今のカペルにはなかった。
 しっかりと把握できるのは、手に感じるアーヤの体温だけ。
 崩落に混じり、落下物の一部となったカペルの頭は一瞬で真っ白に飛んだ。だが、パニックが完全にカペルを捉えようとした瞬間、流れ落ちる視界に、シグムントに助けられたときの感触が重なる。