囚われの人
スゥっと、線を描くように流れ落ちたそれに、キールは咄嗟に手を伸ばした。触れた頬は柔らかくて、温かくて、一瞬で彼の思考を我に戻す。
「あ、す、すみま……」
慌てて放そうとして、ディアーナの細い指が己の手に重なってそれを止めた。優しく、けれど有無を言わさない制止の行為に、身体中が痺れるようにドクリと悲鳴をあげた。
愛おしそうに自分の手に頬を寄せた儚い少女。尊い少女。
同時に、真っ直ぐな瞳を向けていたディアーナの瞬きにあわせて再び零れる雫。それが本当に、とてもとても貴重なものに思えるほど美しく、キールは今この瞬間のものを何かにしまってしまいたいとさえ感じた。
揺れる瞳を真っ直ぐに――。
何も言わぬ瞳がものを言う。
何も言えぬ瞳がものを言う。
溢れる想いは胸を激しく突き刺す。
「ディアーナ……」
微かに漏れた声は、間違いなく、正当なるクラインの姫の真名。
――囚われたのは、どちらか。
吸い寄せられるように、吸い寄せるように、お互いの距離を縮めて。
力の限りの抱擁が交わされる。
背に回した手が、回された手が、温もりを感じさせる。
こんなにも身体が熱いのは、どちらの熱か。
「……俺は、不敬罪で捕らえられてしまいますね」
そう小さく笑った彼の身体から伝わる温かな温もり、鼓動。
抱擁によって初めて止まるということを知ったかのように、その雫は流れを止めた。
それは、あたかも剣の鞘のようだと。
彼が傍にいなければ自分は “自分” ではいられないのだと。
しなやかに瞳を閉じて、瞳に溜まったままであった涙が美しい曲線を描いて流れ落ちる。それは――その貴重な宝石のような美しさは――先ほどの宝石とはまた違う輝きを放っていた。
「……いいえ、それならば “わたくしの心を掴んで放さない罪” ですわ」
美しい笑みを浮かべて貴婦人のごとく微笑みながらも、いたずら好きな小さな姫君のように首を傾げるその姿。
愛しくて愛しくて、キールはゆっくりと息を吸って瞳を閉じた。
「なるほど、光栄です。……けれど、それではどちらが悪いのか、分かりませんね」
そう言って微笑みあう表情は、お互い今まで見たこともないような微笑みだった。
その日以降、クラインの姫君はまた、華のような微笑みをたくさんの人々に分け与えたという。
その傍らにはいつからか、一時姿を消していた魔道師の姿が常にあったとも。
――囚われたのは、どちらか。
それは、言うまでもなく――。