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囚われの人

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 いつでも確かな言葉で自分を勇気づけ励ましてくれたシオンの言葉。今また、ディアーナは彼によって何かを見いだしたように感じていた。
「それを気が済むままに、ガツンとキールに言ってやればいいのさ」
 そう笑って頭に軽く手を置かれる。それをボーっと見つめて、ディアーナは小さく頷いた。
「ありがとうですわ……」

 メイやシオン、セイリオスなど、様々な人が自分を気遣ってくれている。
 それなのにこんなにもうじうじとしていてはいけない。
 せめて「想いを伝える」、それだけでもいいのではないか。
 それだけでも、何か違う、一歩前に進めるのではないか。
 そう思ってギュッと拳を握ってみた。

 ――と。
 コンコン、と控えめなノックがかかる。
 またいつものように、兄が執務の合間を惜しんで様子を窺いに来てくれたのだろう。迷惑ばかり掛けていないで、笑って安心させてやりたい。
「どうぞですわ」
 一瞬の後、扉が開かれる。それにあわせるように、ディアーナは息を吸って振り返った。
「今日もお兄様は時間通りで……っ」
 思わず目を見開いて、息が止まる。
 そこに立つのは兄ではない。有り得ない人。
 幻ではないかと僅かに頭を振ってみたが、その姿は変わることなく、彼女の前に佇んでいた。
「失礼、致します……」
 静かに扉が閉まって、そして頭を下げる。それは、その姿はどう見ても彼女の想い人の他ならなかった。
「キール……」
 呆然と呟くように名を呼ぶと、キールは下げていた頭を起こす。そして、手に持っていた分厚い書物を差し出してきた。何かと一瞬目を見張る。
「姫が探しているから持って行くようにと、シオン様から預かったものです」
 言われて、一瞬ポカンとキールを見つめてしまった。そしてすぐに思い当たる。
 シオンが計らってくれたことなのだと。
「あ、ああ、そうでしたわ、わたくし……わたくし、この本を探しておりましたの……」
 必死になって微笑んで見せて、そして本を手に取ろうと手を伸ばす。微かに触れた手のひらに、あからさまに手が震えた。
「あ、ありがとうですわ……」
 それでも、気付かなかったように構うことなく書物を受け取り、そしてディアーナは不自然にならないよう彼に背を向けた。
 先ほど勇気を出すべきだと自分の中で結論づけたのに、それなのにやはり弱い自分は踏み出すことが出来ない。
 受け取った本を胸に抱きしめ、必死に心を落ち着かせる。必死に言うべき言葉を頭で整理して、必死にどうしたらいいのかを考えた。額に皺を寄せて、懸命に考える。
 そして少しの沈黙の後、何か言わなくてはキールが帰ってしまう、と気付いて慌てて声をあげた。
「あ――」
「近頃、部屋から出られてないと聞きました」
「……え?」
 余りにも気が動転して、何を問われたのかも聞き取れなかった。慌てたように振り返ると、先ほどよりも随分近い場所にキールの姿があった。真っ直ぐな瞳がこちらに向けられていて、心臓が騒がしく音を立て始める。
「姫と会うのは随分と久しぶりですね」
「そ……そう、ですわね……」
「……やはり、この場所にまで来なくてはいけなかったってことですね。此処はなるほど、絶対の確率だろうけど……俺には到底無理な話だ。俺には遠くから見つめることしか出来なかった。……シオン様に感謝しなくてはいけないな」
 微かに笑って早口に言い捨てられた言葉。その意味を考えるよりも先に、キールは続きを紡いだ。
「……まさか、この場所に自分が立つ日が来るなんて、想像もしていませんでしたね」
 前はよく聞いた「姫はよっぽど暇なんですね。人の研究の邪魔をするのが趣味のようだ」などという言葉を思い出す。そんな物言いにも聞こえるし、自嘲しているようにも聞こえるその声。それは、国の象徴ともいうべき姫君の部屋へ入室したことに対する戸惑いの言葉、という意味だけではないように聞こえた。
 彼が何を何を言わんとしているのか分からない。
 ただ、ディアーナは顔色を探るようにキールを見た。が、伏せられた瞳が上げられて、慌てて視線を逸らす。
「……顔色が、優れないようですね」
「そ、そんなことありませんわ」
 その視線を受けるのが辛くて、ディアーナは顔を俯かせて彼の視線から逃げる。
「……姫が、病に侵されているのではと噂している者もおりました」
 「違いますわ」と言おうとして、しかしディアーナはそっと笑った。確かにその通りなのだと、そう思ったからだ。
「……そう、ですわね。……わたくし、病気なのかもしれませんわ」
 余りにも自分にぴったりと当てはまる言葉を見つけ、笑い出したくなる。愚かで惨めな自分が悲しくて、笑い出したくなる。
 ディアーナは大きく息を吸って彼に背を向けた。大きな窓へと身を寄せて。
「……そんなに悪いのですか?」
 恐る恐る聞かれた言葉。
「……そうですわね……」
 遠くの空を飛ぶ鳥を見つめながら、ディアーナは小さく答えた。
 このようなことを言いたいのではない。このようなことを言うべきではない。
 今、すぐにここで真実を述べてしまえばいいのだ。
 そう心は叫びを上げるけれど、だけどそれを告げようとすると言葉が出てこない。
 心臓はドキドキとうるさいくらいに叫びをあげて、それは、早く真実の言葉を告げるよう急かしているようにも感じた。瞳を強く閉じて、大きく息を吸う。
「…………早く、一日でも早く治してください。……姫の元気がないと、民も元気がなくなりますので」
 出かけた言葉は彼の言葉によって、また表に出ることはかなわなかった。出端を折られたようで拍子抜けする中、彼の言葉に引っかかりを覚える。
 それはただの八つ当たりであろうことは、心の奥で分かっていたけれど。
 だが自然と、自分の中でどんどん気が沈んでいくのを感じた。
 クラインの姫として民から慕われることは何よりの望みであったし、何よりも嬉しいことであるけれど、しかし自分が『民を元気付けるための存在』だと言われたように感じたからだ。キールにとって、自分はその程度の存在なのだと言われたように感じたのだ。
「……なぜ?」
 そんなことを言うのか――。
 短く問うた言葉は、微かに震えていた。
「姫は……このクライン王国の象徴、光……だからです」
 それは、一瞬の間をおいて苦しそうに言い放たれる。力強く、一音一音確かめるように告げられる言葉。
 この上ない賛美の言葉。けれど彼の口から欲しい言葉ではない。
 ディアーナはほんの少しだけ息を吐くと、小さく唇を震わせた。
「……いいえ。わたくしは、わたくしという一人の存在にすぎませんわ」
「……」
 眉を顰めて瞳を伏せる。
「ただ、恋に苦しむ哀れな一人の娘ですわ」
 それは、精一杯の言葉。
 彼女にとっての限界の言葉だった。
 あふれる涙が止まらなくて、それ以上言葉を紡ぐことがかなわない。久方ぶりにあふれたものは、止まることを知らなかった。

 真っ直ぐにかち合った大きな瞳からそらせず、キールは全身が凍り付いたように感じた。目が吸い付けられて、離せない。
 嘗てはいつも無邪気に微笑んでいた大きな瞳から、宝石のような雫が零れている。
作品名:囚われの人 作家名:りあ