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雲居の底

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 酷く冷たい雨のなか。
 合わせた背中は、それだけは焼けるように熱かった。




【 雲居の底 】




 清冽な夜。
 天には星もなく月もない。
 人家もない野道。辺りは暗く、昏い。
「今日は運が悪いねぇ」
「まったくだ」
 状況にそぐわぬ声で少年達は話しだす。
「学園長の気まぐれでお使い頼まれるし」
「中途半端に遠くて夜道だし」
「途中の橋は壊れてて遠回りするし」
「随分な回り道だったよな」
「訪ねた先は留守だし」
「あれはないよなー」
「遠出したとかで帰ってくる気配ないし」
「無駄足もいいとこだ」
「村の婆さんにゃ双子は不吉だって、塩まかれるし」
「双子じゃないのにねえ」
「似てるだけだよなー」
「それ違わない?」
「え、似てない? 似てるだろ」
「や、そうじゃなくて」
「なんだよ」
「あーもういいよ。似てる似てる」
「うわなにその投げやりなの」
「似てますよー」
「……うれしくないー」
「はいはい」
「え、もしかして嫌われてる」
「えー嫌いじゃないよ?」
「ほんとに?」
「ほんとうだってば」
「ほんとうに、ほんとうか?」
「あんまりしつこいと嫌いになるよ?」
「………………とは、」
「どうかした?」
「嫌いになるってことは、今はすきなんだな私が」
「いや、すきとは云ってないだろー」
「だってそうだろう」
「そうじゃなくて、正直どうでもいい」
「酷くない? それ酷いだろ泣くぞ私は」
「すきにすれば」
「うぅ冷たいよぅ」
「あはは冗談だよ」
「ちゃんとすきだよ」
「それ、信じていい?」
「うん」
「嘘だったら、」
「嘘じゃないよ」
「うん」
「私もすきだよ」
「そっか」
「そうだよ」
「なんか照れるねこういうの」
「………………」
「あー。ねえ、なに話してたんだっけ」
「うん? ああ今日は運が悪いって話」
「あーそうだったそうだった」
「あと何かある?」
「そういえば夕飯食いっぱぐれた」
「今日の夕飯なんだったっけ」
「……さあ。忘れた」
「あー思い出したらお腹空いてきた」
「献立は忘れたけど、今日の夕食当番は覚えてるよ」
「誰」
「浦辺」
「……それは、ありつけない方が運がいいのか」
「否定できないなぁ」
「それだけはまあ、いいや」
「夜食あると思う?」
「期待するだけ無駄だと思う」
「というかさ、あっても残り物だろ」
「うあ、遠慮したい」
「そうだ兵糧丸なら持ってるぞ」
「何で持ってるの」
「前の実習の名残。食べる?」
「いい。余計にお腹空きそう」
「気休めに」
「なんないと思う」
「あーあ。朝までおあずけかぁ」
「こんな時刻でもやってる茶店ってないものかね」
「こんな寂れた山道で?」
「需要はあるだろ」
「街道ならね」
「ありそうでないよな」
「こんな時刻に活動してるひとなんて、限られてるからね」
「僕らみたいな」
「しかも客にはなれないときた」
「じゃあ店だしたってやってけないんじゃないか」
「なりたたないもんだなぁ」
「あ」
「ん?」
「雨降ってきた」
「えー」
「あー遠雷だ」
「こりゃあ本降りになるな」
「やっぱり今日は、運が悪い」
「今日だけならいいけどな」
「今日だけじゃなかったら?」
「来期はふたりで保健委員だろ」
「ふたりで?」
「そ。ふたりで」
「今の委員会気に入ってるんだけどな」
「もうほとんど固定されてるよな」
「今更違う委員会ってのも大変だろうね」
「今思えば、保健委員はまだなった事がないな」
「そうだっけ?」
「ああ、ないよ。」
「へぇ。僕は一年の最初の頃にやったよ」
「じゃあ、何やるか判ってるから大丈夫だろう」
「その頃は毒も薬も何一つ解ってなかったけどね」
「今は?」
「まあどうにかなるくらいにはなんとか」
「おお頼もしい限りで」
「よく云うよ。薬学も首席のくせに」
「ちょっと頑張ってみただけじゃないか」
「ふぅん。ちょっと、なんだ」
「うん? それがどうかしたか」
「いや、なんでもないよ。物は云いようだなと思って」
「なんだそりゃ」
「とにかく! これ以上何事もなければいい話だろう」
「意気込んでみてもまあ無理だろうな」
「なんで」
「だって、なぁ」
「あーあーごめんなさいやっぱり云わないで」
「どうしようか?」
「な、なにが」
「判ってるんだろ」
「厄介事になんて関わりたくないよ」
「諦めろ」
「…………はぁ。いい加減にして欲しかった」
「確かに、しつこいよな」
「追い剥ぎかな。それとも山賊?」
「まさか」
「だよね」
「めんどくさいなあ」
「おまけに雨だし」
「止みそうにないし」
「どこまでもついてきそうだし」
「片づけとく?」
「そうしよう」
 疎らだった木々もいつしか数を増し、ここは森のまっ只中。
 少年達は立ち止まり、些か身構える。
「そら、お出ましだ」
 濃密な影を孕んで夜は膨れ上がる。
 ざわり風が辺りを揺らしそれは音もなく前に後ろに立ち塞がった。
 行く手を遮るのは、雨に濡れた濃紺の忍装束を纏う男達。
「その密書を、渡して貰おう」
 布越しのくぐもった声でひとりがそう告げる。
「なんのこと?」
「とぼけなくとも判っている。そいつを寄越せば見逃してやろう」
「そんな事云われても、」
(密書だってさ)
(ただの思いつきの親書だよな)
(何処の忍だこいつら)
(誰と間違えてるんだろうね)
(もしかして本当に学園長の手紙が目当てだったりして)
(渡してみる?)
(それもおもしろそうだよなぁ)
(どのみち始末するんだろうけどね)
(そうなったら私は後ろと、そこの繁みにいる奴らだな)
(じゃあ僕はこのまま前の三人だね)
(この雨だ火縄や火薬の類はつかえないだろう)
(その後は)
(その時次第で)
(迷うなよ)
(、善処するよ)
 風切音は雨音に紛れて隣りあうふたりにしか聞こえない。
「本当に心当たりがないんだけど」
「他のひとと間違えてませんか」
 殊更首を傾げてみせて、少年は幼さを強調する。
「ふむ。なるほど」
 目を細め、男はそんな少年達を見遣る。
 彼らがただのこどもである筈がないのだ。こんな月も隠れた夜闇を臆する事なく進む彼らが。暗い森で得体の知れぬ者に囲まれてさえ動じる事のない彼らが、無力なこどもである筈はない。
 では彼らは何者か。
 彼らが男達が目をつけていた者と接触しようとしていたのは間違いではない。
 彼らが訪れたのは男達の主と敵対している者だ。
 彼らが懐に書状を抱いているのは、村で確認がとれている。
 考えるに、その書状は奪うに値するものだ。例え今は主に直接の関係がなくとも。
 そして彼らがこの先、敵にまわらないとも限らない。
 雨足が神鳴りを連れて駆けてくる。
 そう、どんなに彼らがただのこどもではないとしても、所詮はこども。片づけるのになんの苦難があろうか。
 忍頭巾の布のなか、男の口が微かに吊りあがる。
「どうやらそのようだ」
 そう云って忍ぶ仲間に合図をだそうとした言葉尻に重ねて、瞬いた稲光が夜に慣れた目を灼いた。



作品名:雲居の底 作家名:akira