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雲居の底

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 その一瞬の内、僅かに男の合図より早く少年達は動きだす。一拍遅れて泥濘始めた道に次々と手裏剣が雨や霰と降り注いだ。
 ひとりは。光の退かぬうちに右手を閃かせ地を這うように走り出す。やがて雷鳴が追いつく頃には一足飛びに男へと肉薄し、振るう右手に艶の消された苦無があった。違える事なくそれは男の頸へと向けられたが、敵も然る者。紙一重で躱されて薄皮一枚を裂いた程度。しかし咄嗟の事に体勢は崩れ踏鞴を踏む。
 その流れのまま少年は掴んだ男の手をひいて、かけた足を基点にくるりと回るように体を入れ替えた。前のめりになる男の背には藪に潜んでいた仲間の放った手裏剣が突きたてられる。ついでとばかりに頸の後ろ、項のあたりに肘を打ち込んだ。微かに呻きを漏らし崩れ落ちてく男を余所に、少年は旋体する勢いのまま鋭く苦無を投げ放った。
 狙いは僅かに外したが、それでも深々と敵の胸に埋まり込んでいた。
 またひとつ天が瞬く。
 間を空けずして轟いた雷鳴に、震えた樹が男をひとり振り落とした。始め、稲光と共に投擲していた棒手裏剣が右の脇腹に見てとれる。それが肺にまで達したのか男は苦悶に喘いだ。
 目星をつけた相手を早々に片づけて少年は視線を流した。






 さてもうひとりの少年も同じく光の退かぬうちに、しかしこちらは高々と跳躍していた。空中ではそれ以上の逃げ場などなく、繁みから再度手裏剣が打ち込まれる。少年はそれを幾らか手甲で撥ね除けながら体を振る。躱す為にみえるその動作で落ちる速度が増し、雷鳴に紛れて出遅れた男の上へと。
 目前に迫る脚に男は脇の忍刀を抜いた。いずれ落ちるしかないのなら、無理に捕まえなくとも墜ちてくるのを待てばいいと構えた刃は少年へと向けられる。
 しかし切っ先が獲物に触れる事はなかった。焦りも見せずに先程より大きく体を前方へと捻り、今一度跳ぶ先を変えて少年は男の背後へと降りたった。
 振り返ろうとする男の、忍刀を持った手を少年が振り返り様に捻りあげる。自らの刃を喉仏に受けて男は倒れ、断末魔は雷鳴に呑まれて消えた。その手から忍刀をもぎ取って少年は、不敵に笑う。
 途端に四方から降り注ぐ黒い殺意を、血に塗れた刃で叩き伏せ弾き返し時に流し躱す。一方的な攻撃も長くは続かず、やがて最後の一撃が弾かれた。少年の足下には黒い泥と鉄の塊。そして行き場をなくした敵意。
 さてどうしたものか。あちらはまだ戦う気があるだろうか。しかし伝わってくる殺気は随分と気勢が削がれている。このまま仲間を打ち捨てて逃げるだろうか。それではおもしろくない。
 おもむろに手にしていた得物を下げ、そうして紫電のなか少年はまだ笑っていた。口の端を歪めて挑発するように。ぐるり巡らせた視線が、木陰に潜む敵を的確に射抜く。
 夜が乾いた音を立てて破裂する。幾度となく繰り返すそれがこの夜の分かれ目だった。
 少年は軽々と打ち拉がれた殺意を跳び越えていく。向かう先には同じく忍刀を抜いて繁みを飛び出してきた敵。薙いだ刃を沈んで躱し、振りあげた左手の白刃は相手の手甲に噛んで狙いが逸れ、浅く腕の皮膚を裂いた。無防備に開いた少年の体に返す刀で斬りつけようとして、男の動きが止まる。いつの間に抜いたのか、少年の右手の苦無が男の左胸に。捻りながらそれを抜けば、赤い花が咲いた。
 間断なく飛び退りながら、得物を構え直す。背後に位置していた敵は既に気配もないがまだ油断は出来ない。
 不意に凍える程冷たかった背中が熱くなる。同じように辺りを警戒しながらもうひとりの少年が、背中を預けてきていた。じわり伝わる体温は常と同じ温度である筈なのに、やけに熱く燃えるようで。
「あとふたり」
 図らずしてふたり声が揃う。合わせた背中に、より心強さが増す。ふたりなら遅れを取る事はない。もはや何者も敵ではなかった。
 そうして四半刻ばかり経っただろうか。
 柴榑雨に迅雷が走る。夜は未だ荒れていた。時折吹く風に梢が揺れる。しかしそこにひとの気配はなかった。
「来ないね」
「来ないな」
「逃げたのかな」
「そうみたい」
「罠とか」
「だとしたらここに居る方が危ないな」
「じゃあ帰ろうか」
「あーあ。すっかりずぶ濡れだな」
「もう雨宿りも意味ないよね」
 温もりを手放すのは惜しかったが、少年は振り返った。
 傍らの同じ顔をした少年に怪我がないのを見、次いでひとの形をしたものを見る。
「殺した?」
「さあ。判んない。死んでないかも」
「どうする?」
「なにが?」
「止め刺しとく?」
「んー。それよりも早く帰ってお湯つかいたい」
「あ、私も」
 気に留めるものもなく借り物の忍刀を無造作に放り投げ、帰路をふたりで歩き始めた。神鳴りも僅かに遠く過ぎていく。
「そうすると湯浴みと朝食と、どっちを優先しよう」
「というか朝食に間に合えばいいけどな」
「えー無理かなぁ」
「忘れてないか。ほら、この先の橋」
「あぁ! そうだ壊れてるんだった」
「どう考えても昼前になるだろうなぁ」
「うーん。やっぱり今日は、」
「運が悪い」




 天には星もなく、月もない。
 在るのは篠突く雨。重い黒雲。
 群青の布を濡らすのは雨。
 赤い雨。




 20080801.了。


作品名:雲居の底 作家名:akira