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産声は、いま

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 それは突然だった。
「、三郎」
 とす。と、名前を呼ばれる声と共に温もりが背中越しに与えられた。
「雷蔵」
 振り向けば、不破が鉢屋の背中に額を預けている。
 何時から居たのか。室の障子戸を開け放していたので物の動きから察する事も出来ず、意図的に隠していたのか近づいてくる気配を感じる事はなかった。触れられるまで友人が訪れた事にも気づかなかったくらいだ。
「何かあったのか?」
 常にない不破の様子に、身体を向き直そうとすればそのままで。と制される。
 何か嫌な事でもあったのだろうか。それとも悲しい事? 滅多に笑顔を絶やさない彼も、耐えかねて時折こうして弱さを見せる事がある。それでもいつもはただ黙って傍に寄り添うだけなのに、甘えるような仕草が彼にしては珍しかった。
「なにもないよ」
 傷だらけの音に潜む悲痛に鉢屋は眉を潜めた。そんな筈はないと声で判る。まるで説得力がない。
「そう」
 不破が凭れやすいように胡座の膝に片肘立てて頬杖をつき、背中を丸めて軽く前傾姿勢をとった。そして読みかけだった本に視線を戻す。文字を追う振りをして鉢屋の意識はすべて後ろの不破へと向いている。それまでだって半ば上の空だったが、もう完全に本から離れてしまっていた。ただ一点でのみ触れている彼の温もりに平静を保つので精一杯だ。
「……訊かないんだね。理由」
「聞いて欲しかった?」
「どうだろう。そうかもしれないしそうじゃないかも」
「うん」
「分からないんだ」
 不破の呟きは帰り道をなくしたこどものように途方に暮れていた。迷う事すら出来ずに立ち尽くしている影法師が如く虚ろだった。
「うん。気が向いたら話せばいいよ。それまではこうしていればいい」
 本当は何時だって彼を苦しめ悲しませるものが何なのか、問い詰めたくて仕方がなかった。しかし訊いたところで不破が答える事はないだろうとも鉢屋は知っている。
「三郎はやさしいね」
「君程じゃないさ」
「僕は、やさしくなんかないよ」
 底冷えした声が震えている。そのまま泣いてしまえばいい。そうすればいくらか楽になれる。真面目な彼は外に出さずに溜め込んでしまうから、偶には縋りついて喚いてくれたっていい。
「やさしいよ。私はいつも雷蔵に甘やかされている」
 他の誰より近くに在って、鉢屋は不破にひとより多くを許されている。顔を使う事もそうだ。無断で使っていた当初から不破は諫めはしても止めろとは云わなかった。鉢屋がどんな風に評されようと彼は変わらずにいる。
 鉢屋にとってそれがどんなに嬉しい事か彼は知らないだろう。
 始終傍に居てただの友人と括るには親密に過ぎる仲になって。それ以上になりたいといつしか鉢屋は望むようになった。家族より友人より、恋人よりももっと近くへ。その間柄を何と呼ぶのかは知らないが不破の唯一で在るのならば、何だっていい。
 今だって出来る事なら。鉢屋は今すぐに抱き締めてやりたいと思う。厭になる程甘やかして泣かせて、泣き疲れて眠ってしまうまで離してはやらないのに。
 けれどそれは果たして友人に許される範疇だろうか。不破に想いを寄せるようになって以来、友人としての距離の取り方が判らない。
 だから彼がそれでいいのならと、鉢屋は黙って背中を貸すのだ。それでまた、笑ってくれるなら、と。
 寸刻もあれば同化する熱が何時まで経っても交わらないまま刻だけ過ぎていった。
「……ぜんぶ独り言だから」
 やがて蚊の鳴くが如く細かな声が聞こえてきた。
「うん」
「痛いんだ。まるでこころの在処に刃を突き立てられたみたいに。でもそれは僕を殺してはくれなくて、貫いたまま痛みだけを残している。僕にはどうする事も出来ないんだ。取り除く事も、止めを刺す事も。痛みに慣れる事も」
 薄氷の上を歩くような心許なさ。進めば進む程、逃げ場のない死地に追い込まれていく。罅割れた凍原に落剥した虚勢が見える。それを他人事のように冷めた目で不破は眺めていた。
「苦しくて。時々呼吸の仕方も忘れそうになる」
「どう、すれば楽になれる? 私に出来る事はないのか雷蔵、」
 堰を切ったように吐露される心情に鉢屋は心臓が締め付けられる。聞いていられなくて云い募ろうとすれば不破に遮られた。
「ふふ、独り言だよ。三郎。これは独り言なんだ」
 不破の指が触れるか触れないかのところでそっと肩胛骨をなぞる。やがてゆるやかに奏でられる音色を愛おしむように、心臓の上に掌が置かれた。
「本当はこうやって、触れる事さえ怖いんだ。おまえはやさしいから、きっと僕を殺してはくれない」
「雷蔵、どういう」
 不破を苦しめているのが自分だと云われて鉢屋は愕然とした。言葉が続かない。
 彼に抱いている執着を知られてしまったのだろうか。溢れそうになる度にひたすら押し殺してきたというのに。ならばこれから告げられるのは断罪の刃だ。赦される筈のない慕情が、到底受け入れて貰えないものである事は知っている。
 ひとがひとをすきになる。ただそれだけなのに。



 とくり。



 幽しく伝わる振動は。





作品名:産声は、いま 作家名:akira