町内ライダー
セイタカアワダチソウの若芽を煮込まなければいけないとのことで、渡と静香は帰っていった。
今日は疲れた、本当に疲れた。
まだ昼飯時でもないのに、まるで一日中力仕事でもしたかのように疲れた。
げっそりした顔で、ユウスケと夏海の後を歩く士の背中から、声がかかった。
「あっ、チーズ? もしかしてチーズか? ユウスケと夏海ちゃんも?」
振り向くと、そこには懐かしい剣立カズマともう一人が、いた。
「剣立の知り合い?」
「うん、前に世話になったんだ」
背の高い、ひょろ長い男が、カズマの少し後ろに立っていた。
BOARDのロゴが入った暗い紺色のジャケットを着ている事から、関係者なのだろうという事が知れる。
何だか、今日の朝方の夢だ、見た気がするぞ、この顔。しかもとんでもなく酷い目に合わされた気がする。
「そっかあ、剣立が世話になったんなら、俺が世話になったも同然だな。ありがとう!」
男は顔をくしゃっと綻ばせて、実に嬉しそうに笑った。
「……あ、は、え……、いや……それほど、の事もあるが……」
「俺、剣崎一真。剣立の友達で……仕事仲間かな。君は?」
「…………門矢、士」
「士か、よろしくな!」
実に人懐っこそうな笑顔を浮かべて、剣崎は右手を差し出し、握手を求めてきた。
どうしても笑いが強張るのを抑えられないながらも、士はその右手を握り返した。
何なんだ、この強烈な違和感は。
「あっ、剣崎、急がないと遅れちゃうんじゃないか?」
カズマが腕時計を見て言い、剣崎もその言葉で自分の腕時計を確かめると驚いて、うぇっ、と短く叫んだ。
「やっべ、橘さんに怒られちゃうよ! じゃ、士、またな!」
「チーズ、今度ゆっくり!」
それぞれに言い残して、二人は慌ただしく走り去っていった。
「……士君、どうしたんですか? 何か凄く変な顔してますよ」
横から夏海が心配げに声を掛けてきたが、士にはもう、まともに返事をする余力もなかった。
「…………何だか、えらく、疲れた」
「まだ今日は何もしてないのに……変な士君。もうお昼時だし、一回戻りましょうか」
夏海の気遣いに、士は珍しく素直に頷いた。
何が一体どうなっているんだ。この世界は、一体何なんだ。
疲れきった頭で考えたところで何も浮かぶ訳がない。げっそりしたまま、士は夏海とユウスケから二歩ほど遅れて歩いていった。