町内ライダー
「あの赤い奴が言っていたろう、魔化魍。実に興味深い。所謂妖怪だが、聖なる音で清めなくては祓えない、復活してしまうんだ。だから猛士に所属する戦士たちは楽器を用いるんだよ!」
帰ってみれば、フィリップは既に検索で知的好奇心を満たしていたようだった。
『へえ……俺達は手出ししない方が利口、って事か』
「そうなるね。魔化魍は個体の進化や適応のスピードが早い。素人が下手に手出しして倒してしまうと、弱点を克服して復活してしまうようなんだよ」
白紙の本から目を離さずにフィリップが答えた。
手出しが出来ないというのは、何とももどかしい。ここは風都ではないが、人が喰われていて黙っていなくてはならないというのは、どうにももどかしかった。
『あれはあいつらの戦い……って事か』
「何を面白い声で黄昏とるんじゃバッカモーン!」
つまらなさそうに息を吐くと、後頭部をスリッパに強打される。
『てめ……亜樹子ーっ! 何しやがるんだ!』
「河童はどうすんのよ河童は! あたしがアイドルデビューする計画はどうすんのよ!」
『そんな計画は元からねえよ! ……ビラ、配ってくらぁ』
つまらなさそうに唇を尖らせて口にすると、亜樹子も気勢を削がれたのか、言葉を詰まらせて軽く頷いた。
地道に信頼を積み重ねるのが、何にしても一番の近道なのだろう。それは翔太郎も分かっていたから、ビラ配りは気が乗らなくてもやる。
存在を知ってもらえなければ何も始まらない。
今一番の問題といえば、河童の吐き出した粘液のせいと思しきこのヘリウムボイスが、いつまで続くのかが全く分からない事だった。
「ま、そんな面白い声の人だけに仕事させらんないよね。鳴海探偵事務所が変態の巣窟とか思われたら困るし。あたしも行ってくるから、フィリップ君留守番お願いね」
「オーケイ、しっかり顧客を開拓してきてくれたまえ」
言うと亜樹子は机の上に積んだビラから一掴みを手に取り、フィリップは顔を上げて微笑んだ。
声はいつか渋いテノールに戻るだろうし、この二人がいれば頑張れる。そんな風に思えて、だけれども今口を開けば何もかも台無しになってしまう。翔太郎は黙ったままで鼻の下を人差し指の先で軽く擦ると、ドアへと向かった。