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赤根ふくろう
赤根ふくろう
novelistID. 36606
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その人の名

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喰ってやる―――

「いやっ!」
飛び起きた。
はあはあと息が上がり眩暈がする。それに酷い汗。全身を覆う疲労感。病気かなにかかと自分でも一瞬疑った。
けれど、違う、とすぐに思い出した。
多軌透、十五歳。お喋りが好きでかわいいものが大好きな、どこにでもいるごく普通の中学三年生である彼女の前に、今広がっているのは、見慣れた自分の部屋の朝の風景。箪笥に鏡台、机、鞄、そして壁には中学校の制服。プリントのカーテン越しに朝の光が眩しく射しこみ、庭木の枝からは小鳥の囀りがかわいらしく聞こえてくる。昨日となにも変わらない穏やかで平凡な光景。
「夢……全部、夢だったのかな?」
まだ動悸が止まらない心臓を押さえ、恐々と机を見る。放り出されていたのは、妖に憧れ続けた祖父が残した不思議な陣を描いた紙だ。ぐるりと首を回して反対側も確かめる。部屋の隅に立てかけてある木刀には、泥がこびりつき汚れている。
「夢じゃないわ……今のは夢だけど、でも、あれは……」
昨日の出来事は、確かに現実だ。間違いなく自分は妖怪を見てしまい、そして祟りを受けてしまったのだ。
全く関係ない赤の他人を巻き込む危険を一杯に孕んだ、身の毛もよだつような容赦ない祟りを。
(もう、誰とも口を利かないようにしよう。普通にしていたら、きっと巻き込んでしまう。そんなの絶対に許されないもの)
唇をきっと引き結び、多軌はのろのろと起き上がった。
昨日までの安らかな世界が嘘のような、辛い日々の始まりだった。

突然異常なほど無口になった娘に、もちろん家族は気を揉んだ。だが受験のストレスでもあるのだろう、と、なんとか受け入れてもらえた。
困ったのは学校だ。
それまで休み時間になるたびに、友達と力いっぱいはしゃいで大騒ぎをしていたのが、突然机に引きこもり、会話らしい会話をしなくなれば誰だって驚く。友達は皆、怪訝な顔で多軌に尋ねる。何か気に入らないのか、心配事でもあるのか、と。けれどそのどちらにも、多軌は『なんでもないの、ただ受験に専念したくなっただけ』と答えた。
友達のうちの何人かは鼻白んだ顔で、タキってそういうタイプだとは思わなかったけど、と言った。
何も答えられず俯いた。
本当のことなど誰にも言えない。
言ったところで信じてはくれないだろう。
だって自分以外、誰にも見えないのだ。あの陣の中に立つ妖たちの姿は。
いや、全く、と言うと語弊がある。他にも見える人は、ごく稀にだがいる。あちこちに陣を書き、しばらく経つと『化け物を見た』という人が非常に稀だが現れるのだから。
けれどその人を捜し当て、「どんな妖怪だったんですか」と尋ねると、みんな言うことはまちまちだった。一つ目の坊さん、とか、足の上に首の乗った達磨、とか、顔が長くて膝まであるような小男、とか。
違う。探しているのはそれではない。
小さな家ほどの大きさの、額に傷のあるザンバラ髪の妖怪。
それが多軌が探しているものだった。
その妖怪はあの日、いつものようにちょっとした息抜きに、不思議なものでも眺めようと多軌の書いた陣の中を、ずるり、ずるりと通り過ぎた。それまでにない大きさと、箕のような手、鋭い爪に思わずぶるっと身震いが出た。すると妖怪は振り向いた。ひっと小さな悲鳴とともに、多軌は一歩後ずさった。そのときにはもう、残忍そうなその顔には、得たり、と哂う糸のように細い眼が光っていた。
『人間のくせに私を見たな。生意気な。お前を喰ってやる』
心臓が止まるかと思うほど恐かった。腰が抜けて立てなくなり、ああ、これでもう終わり、と観念した。しかし妖怪の続けた言葉に、多軌は一縷の望みを見出した。
『しかしただ食うのでは面白くない。あと三百と六十日。その間に私を捕まえることが出来ればお前の勝ちだ。見逃してやる』
思わず、ありがとう、と言いそうになった。なんだ、ただ私をからかって、ちょっと遊びたいだけだったんだわ、とほっとした。しかし、次の瞬間、多軌は自分の考えがいかに浅はかなものだったかを思い知る。妖怪がさらに続けたのだ。
『だが出来なければお前の負けだ、喰ってやる。そしてお前の記憶を辿り、最後に名を呼んだものから十三番目までを喰うとしよう。ひっひっひ……』
目の前が暗くなった。そのまま倒れ、気を失った。
十三人……? 呼んでしまったらその人も、一緒に……? では、何もしていない誰かを巻き添えにするのか。私は。
ちょっとした好奇心が招いた、あまりにも大きすぎる代償。
目を覚ました多軌の瞳から、涙が溢れた。
どうしたらいい。どうしたら……このままここで死んでしまえば、犠牲は私一人で済む。いっそそうしようか。
でもまだ、一年あるのだ。今日、明日、あるいは一ヶ月、二ヶ月では絶望的かもしれないが、一年あるならば、必死で探せばなんとかなるかもしれない。
そうだ、あと少しで高校生になるのだし、もしかしたら妖怪に詳しい人と知り合いになれて、何か良い方法を教えてもらえるかもしれない。諦めてはダメだ。勝とう。あの妖怪に勝って、生き延びよう。
生来の勝気と前向きさが僅かに勝ったおかげで、多軌は諦めず踏みとどまる道を選んだ。
だが、科されたものの大きさは変わらない。他人を巻き込む危険は少しでも減らさなければならない。
ほどなく迎えた卒業の日も、感動も仲間との惜別も多軌の胸にはなかった。最後の日々、大好きな友達の名前を一人も呼べず、卒業しても友達だよね、また会おうね、と泣かれても、うん、と返事することも躊躇われて、ただ泣くしかできない……そんな自分が歯がゆく、情けなく、どうしようもないほど悔しかった。
作品名:その人の名 作家名:赤根ふくろう