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赤根ふくろう
赤根ふくろう
novelistID. 36606
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その人の名

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高校に進学した多軌は、あっという間に変わり者のレッテルを貼られた。
無理もない、これだけ無口を通したら誰だってそう思う。人の呼びかけにはできるだけ答えないようにしていた。答えて会話をしてしまったら、どこでうっかりするかわかったものではない。用心にこしたことはないのだ。その結果の、人々のなんとなく避けるような視線に、むしろ多軌は安堵していた。
が。
「多軌さん。ねえ、多軌さんたら!」
「う……あ、はい……」
「ね、今度の日曜日、クラスの親睦兼ねてバーベキューやろうって、高橋君が言ってるの。多軌さんも来ない?」
「あの……私は、ちょっと……」
「いいじゃない、行こうよ」
「そうだよ。ちょっとくらい良いじゃない。せっかく委員長が企画してくれたんだから」
「心配してくれてるんだよ? 多軌さん、あんまりクラスに馴染めてないみたいだから、是非って」
「あ……」
逃げ場がない。これ以上断れば、人の善意を無にするやつだ、と思われる。せめてそれは、それだけは避けたい。
「ありがとう。行くわ」
精一杯の感謝を示しながらも、誰とも打ち解けないように気を使いながらのバーベキューは、とてもとても骨が折れた。
話しかけられればニコニコする。けれど決して自分からは話さない。できるだけ手を動かし仕事をする。時間の掛かるものほど進んで手を上げ、一人でできるから、と手伝いを断る。
最初のうちは気遣ってあれこれ話しかけてくれた人も、次第に多軌の醸し出す拒絶の空気を感じ取り、一人二人といなくなる。支度をし、食事を終え、後片付けに取り掛かった頃には周りに誰もいなくなった。あらかたが片付くと、女子は木陰で集まっておしゃべりに夢中になった。男子は川原で水切り競争に熱中しだした。
多軌はぽつんと一人残り、最後の始末をしていた。折り畳み式のテーブルセットを拭いて片付け、既に椅子やコンロなどが立てかけられた所に運んで、同じように立ててまとめて置こうとした。そうしておけば、クラスメイトの誰だかの親御さんが、車で運んでくれる手はずだ、と聞いていた。
だが、緩く傾斜のついた草の上に置いたそれらは、かなり不安定になっている。大丈夫かしら、と多軌は一瞬思案した。もし、崩れでもしたら大変だ。もう少し平らなところにまとめ直した方が良い。けれど一人では無理だ。誰か呼んで手伝って貰おう。委員長の高橋君か、女子のリーダー役になっている伊藤さんなら……
と、開きかけた口を慌てて閉じた。
呼んではいけない。とんでもないことをするところだった。
仕方ない、一人で何とかしよう。このあたりなら大丈夫かしら……慎重に一番手前にあった椅子を持ち上げた。
だがその途端、微妙なバランスを保っていたそれらは均衡を失い、大きな音と共に雪崩のように転げ落ちた。
「多軌さん!」
女の子たちがびっくりして駆け寄ってくる。
「怪我は?」
「だ……大丈夫。ごめんなさい。これ、積み直そうとしただけなの。崩れそうだったから……」
クラスメイト達は、とりあえず多軌に怪我が無かったことにホッとした。が。
「何で一人でやろうとしたの?」
委員長の発した言葉に全員が押し黙った。
「そうだよ」
「言ってくれれば手伝ったのに」
「無理して怪我でもされたら、企画した人の責任になっちゃうんだよ?」
口々に言われる言葉はどれも正論で、多軌は何も反論出来なかった。ただ、ごめんね、と繰り返すことしかできない多軌の様子に、やがて場は白けた空気が漂う散漫な雰囲気に包まれた。
結局その日曜日を境に、多軌の周りにはもう誰も近寄らなくなった。
たくさんの人に囲まれているのに、まるでそう感じられない日々。賑わいの中の孤独はやがて、多軌から少女らしい表情を奪っていった。
美しい花も、美味しそうな食べ物も、かわいらしい動物も、もうどうでも良いと思えた。それだけではない。悲しい話にも心は揺れなくなった。誰かの困った顔にも反応はしなくなった。他者と感情を分かち合うことの出来なくなった多軌にとって、人が他に向かい合うときに起こり得るすべての感情がもはや不要であったのだ。
ああ、やっぱりあの日、何もかも諦めて死んでしまえばよかった、とただ心の中で繰り返し呟きながら、一年生の一学期は終わった。
作品名:その人の名 作家名:赤根ふくろう