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I Remember You 1(Bunny Side)

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I Remember You


「虎徹さん、このダンボール箱で最後です」
「おっ、サンキュ」
 アパートの玄関口にいる虎徹に運送会社のロゴが入った箱を渡すと、虎徹はそのまま玄関先にいる作業員に手渡した。
「ではお荷物お預かりします。オリエンタルタウンへのお届けは明日の午後です。こちらにサインを」
「はいはいっと。あーすんません、じゃあ、よろしくおねがいしますね~」
 虎徹がお愛想を言って、運送会社の作業員を送り出す声が聞こえた。
 バーナビーは虎徹の引越し作業を手伝いに来ていた。一日かけて荷づくりと掃除をし、荷物を引き取りに運送会社が来たときにはすでに夜になっていた。
 マーベリック事件後、タイガー&バーナビーは揃って引退した。虎徹は明日、シュテルンビルトを去り、郷里の家族の元へ帰る。
 以前にも招かれたことのあるブロンズステージのアパートは、棚から荷物が消え、床に転がっていた酒瓶も片付けられていた。さして広くはないはずの部屋が、やけに広く寒々しい。
 ソファーなどいくつかの家具はそのままだった。もともとこの部屋にあったものなのだという。
 からっぽの食器棚を眺めていると、虎徹が自分の傍からいなくなるという事実をいやでも思い知る。
「いやぁ、なんにもなくなったなぁ。六年前に入居したときはこうだったんだよな。思い出したよ」
 虎徹が首をコキコキと鳴らしながら部屋へ入ってくる。力仕事で肩がこったのか。
「六年、ですか」
「おう、かみさんが死んで、楓を親に預けてから一人暮らしだからな」
 奥さん、か。
 虎徹さんは、今でも奥さんを大切にしているんだよな。
 以前、写真を見せてくれたことがある。黒髪のきれいな女性だった。
 やさしそうな人ですね、と言うと、いやあ、けっこう気の強い女だったぜぇ、と笑っていた。
 虎徹が、これも備え付けだったという冷蔵庫から缶ビールを取り出し、バーナビーに手渡す。
「ごくろうさん。今日は手伝わせて悪いな、バニー」
「いえ、僕が言い出したことですから」
 いよいよ虎徹がいなくなると思うと、ほんの少しの時間も惜しかった。虎徹に会う口実に、バーナビーから手伝いを申し出た。
 虎徹が去る。その事実に、バーナビーは言いようのない喪失感に襲われた。家族もいない、家族のように愛してくれたサマンサおばさんも、親代わりと思っていたマーベリックもいない。バーナビーの人生に深く関わった人々は誰も生きていなかった。
 虎徹とのかかわりは、たった二年足らず。それなのに、両親やサマンサおばさんと同じかそれ以上に、虎徹の存在は自分の中で大きな位置を占めていた。バーナビーには、もう虎徹しか残っていない。
 その虎徹も、本来いるべき場所・・・家族のもとへ帰っていく。
 虎徹が引退する、と言ったとき、咄嗟に自分も辞めると言っていた。自分の人生を生きたいと言った言葉は嘘ではないが、深く考えてはいなかった。
 虎徹がいなければ、意味がない。ただそう思ったからだ。
 両親の仇を見つけだし、あの事件の真実がなんだったのかを明らかにする。そのために選んだヒーローという職業の役割は、ジェイク・マルチネスを倒した時に、たとえ偽りでも達成されていたはずだ。
 それでも辞めずにいたのは、虎徹の傍にいたかったからに他ならない。ずっと独りだった自分に、初めて誰かの隣という居場所が出来たのだ。
 怒ったり、笑ったり、冗談を言ったり。そういう当たり前の日常が、バーナビーには初めての経験だった。
 あの頃、世界はキラキラと輝き、慈愛に満ちていた。ずっと抱えていた孤独は、虎徹と共にあることで癒されていった。
 手に入れたと思っていた暖かい幸せは、すぐにバーナビーの指を擦り抜けていく。
 よっこらせ、と、まことおじさんくさい声をかけながら、虎徹がどっかりとソファーに腰を下ろした。缶ビールの栓を開ける軽快な音が鳴る。
「あー、力仕事は疲れるなぁ」
 うまそうに喉を鳴らしてビールを流しこむ虎徹の隣に腰を下ろした。
「・・・本当に、帰っちゃうんですね」
 思わず、言葉がこぼれた。泣き言を言っているようで、自分でも嫌だった。
「あなたがヒーローじゃなくなるなんて、まだ・・・実感がわきません」
「んー・・・」
 虎徹が、ソファーの背もたれに体を沈める。
「まあ、俺も正直実感ないかもなぁ。家でヒーローTV観て『あ、俺は出動しないのか』なんて思うんじゃねーかな」
 気楽そうに、呑気な声で虎徹が言う。
 子供の頃からヒーローになることを夢見て、誰よりも真剣にヒーローをやっていた虎徹。どんなにみっともなくても、若い新人の引き立て役にあてがわれてプライドを傷つけられても、ヒーローという仕事にしがみついていた虎徹が、あっさりと引退を決めたわけはない。その結論に至るまで、どれだけの苦悩があったのか。
 徐々に短くなっていく発動時間。数か月、能力減退を隠していたと言っていた。ヒーローでいることを諦めるまでに、それだけの時間がかかったということだろう。
 それを、まるでなんでもないように軽い言葉で言ってのける。その精神力の強さも、バーナビーに憧れだった。
 バーナビーには、その苦悩を思いやることはできても、その痛みを共有することはできない。むしろ、若くて能力も減退していない自分が側にいることが、どれだけ虎徹の自尊心を傷つけるか。引退してほしくない、側にいて欲しいと思うのは、自分の我が儘だ。
 虎徹さんはこんなに強いのに、俺は女々しいな。
「俺のことよりさ、おまえこそ、ヒーローやめるこたぁないんじゃねーか?デビューして、まだ二年なのに」
 バーナビーが、自分に気を遣って辞めると言ったのでは、と思っているのかもしれない。
「いいんです。僕はマーベリックに操られてヒーローになった。そんな人間がヒーローを続けていいわけがない」
「そうか?でも、おまえヒーローの仕事、好きだろ?」
 虎徹が、バーナビーの目を覗き込むようにしていた。日系にはめずらしい、ヘイゼルよりもっと金色に近い、アンバーの瞳が、こちらを見つめている。
 自分の心が見透かされているようで、どきりとした。
「そう・・・かもしれませんね。でも、ちゃんと考えたいんです。僕が本当にヒーローにふさわしいのか。今まで、ヒーローになってウロボロスの正体を暴くことしか考えてこなかったけど、もしかしたら、もっとやりたいことがあるのかもしれない。」
 本当は、ヒーローという職業に、少し失望していた。ヒーローになったのに、本当に大切なものは何も守れなかった。バーナビーがウロボロスを追ったために、何の関係もないサマンサおばさんを死なせた。自分がヒーローにならなければ、彼女は死なずに済んだのではなかったか。
 それに、虎徹がいないという事実に直面することが怖かった。いつも隣にいた虎徹がいない。それに耐える自分の姿を、たとえ周囲には分からなくても、人に見られなくなかった。
 H-01に囲まれたあの時、倒れた虎徹と、縋りついてなく彼の娘が視界に入った。
 虎徹が死んだ。その悲しみは、自分も死んで彼の側に行けるという甘い安寧に変わった。
作品名:I Remember You 1(Bunny Side) 作家名:いせ