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砂漠えるふ
砂漠えるふ
novelistID. 35991
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辻端の老婆 =東方の星=

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雁との境近くの辺境の県里=まち=を、傾きかけた太陽が赤く染め上げていく夕刻・・・・


雁に向かって旅をする者にとっては、慶での最後の夜を過ごすことになるだろうこの県里は、旅人用に様々な物を売り出す小さな出店の市が立っている。

閉門の時刻も迫ったこの時間帯は、県里に泊まる者と帰ってきた者とでごった返し、
広途-とおり-に面した市が、一番賑わう時間でもある。

そんな中を、一人の青年が町人に身を窶して出店を覗くふりをしながらあたりの様子を伺っていた。

「まさか、こんな羽目になるとは・・・・」

少し、困ったようにその整端な顔は歪んだが、声は裏腹に楽しんでいる風でもあった。

「此れに懲りて、少しは自重して下さるとうれしいんですがね。」

青年よりは幾分がっしりとした体躯の男が苦笑しながら諫める。

「桓タイ・・・あれは私のせいではない様に思うのだが・・・」

一昨夜、金波宮に護送される途中で、賊に襲われ殺されかけた。
桓タイ達が彼を逃そうと追ってきていなければ、かなり危険な状況だった。

「まあ、大方予想はついていましたから、こっそり追いかけていて正解だったようですがねぇ?」

「ふぅっ。」と息を吐きながら、確かにあの状態で金波宮に向かうのは自殺行為に
等しかったかもしれない。と心の中で一人ごちる。

彼等がただ単に、弑逆の疑いを掛けただけで満足するとは思えなかったし、
真実その通りになった。

しかし・・・どうしてもこのまま、あの奸臣を放っておくわけにはいかなかったのだ。

『今の慶を救う為には・・・・』

そして、危険を覚悟で主上に奏上しようとした結果がこの状態とは・・・


「金波宮=うえ=の方ではきっと、貴方が勝手に逃走した事にでもなってるんでしょうねぇ?
本当に貴方と一緒だと暇な時がありませんよ。」

それは、大変な事態だと云うのに桓タイと呼ばれた男の声は少し笑いさえ含んでいた。

「・・・それは悪いことをした。もし(州侯に)戻れたら、長暇=キュウカ=を出してやろう。」

くつくつと笑いながら心にもないことを言ってみせる。
とりあえず、奴等の目論みは外れ、自分は国外追放の身となった。

「さぞがっかりしたことだろう。この私の首を摂れずに・・・」

一瞬、ぞっとする様な声色で呟かれた独言は、運悪く(?)隣の男の耳にも届いた。

「・・・あんまり縁起でもない事を云わないで下さいよ?心臓に悪いですから。
それより、今晩の宿を探しませんと・・・」

もう閉門まで一刻もない。
今日の所は、追っ手がいないと断じていいだろう。

『なるべくは慶国内に留まりたい』との彼の願いと、
『なるべく御身を大事に』との家臣との折り合いをつけて、
追っ手が来たら逃げ切れる、この県里に逗留することに決めたのだった。

県里の外れに在る宿屋に空室が在るかどうかを確認しようと、
急ぎ足で市を通り抜けようとしたその時、彼はふと足を止めた。

そこには、一人の老婆が茣蓙=ござ=を引き、小さな卓の上に水盆だけを置いて静かに座っている。

白髪の髪が黒灰色の全覆衣 =ローブ= の端から零れ見える様子から見て取るに
相当の齡を重ねているのだろう。

桓タイが彼の様子を不思議そうに窺っていると、
青年は老婆の机上に多額の為替を置いた。

「久しいな・・・9年ぶりか・・・」

年の割には渋い笑みを浮かべると青年は老婆の正面に腰を落とした。

「・・・・その様子では”暁の輝星=ほし=”は見つかったようだねぇ?」
ふぉっふぉっと皺枯れた老婆の笑い声が静かに響く。

そして、彼は9年近く前、この老婆に出会った時の事を思い出していた・・・・



麦州のとある郷城の裏通りの小さな市の片隅に、
やはり、今日と同じく卓と水盆だけで店を出していた。

「やっぱり、ばば様に聞くのが一番よねぇ?」
少女たちが老婆に小銭を渡し、何やら一言二言声を掛けられると
嬉しそうに帰っていく。

どこか不可思議なその出店に興味を惹かれて、彼はその店の前で立ち止った。

「・・・・そこのお若いの、そなたの探し物も当ててしんぜようか?」

濃灰色一色の全覆衣=ローブ=を纏ったいかにも怪しげな老婆は
そう云うと水盆の中にある色とりどりの小石を、皺枯れた両手で掻き混ぜ始めた。

(・・・別に探し物など・・・・)ない、と言おうとしたその時
老婆は何やら聞き慣れない異国の言葉で呪を唱え始めた。

しばし唱えられたその呪は、この老婆のどこから出るのかが不思議な慟哭と共に終わった様で、老婆は静かに凪いだ水盆の中を覗くと、彼を正面から見据えた。

(・・・盲=めしい=か?・・・)

彼に向けられたその双眸は、鈍く光を反射する淡い灰色をしていた。

「お前さんの探し物は大きな宿命星=ほし=だねぇ。
まるで、闇を切り裂くかのように照らす”暁の輝星”だ・・・・
それは太陽と同じく東の空から昇るだろう。
しかし・・・まだ、その時ではないようだ。」

「暁の輝星・・・?」

「ああ、そうさね。お前さんを導く、いや、この国に
希望と再生をもたらす星だねぇ・・・なんと美しい輝きだろう。」

あまりにもうっとりとした様子で老婆が水盆の中を覗くので、
彼も釣られて覗いてみると、一瞬だがかすかに光る星の様なものが見えた。

こういった占いごとは信じない彼は、己の目を疑い軽く目をしばたいた。


「お前さんが望むよりは遅く、しかし諦めるよりは早く訪れるじゃろう。
まだ、希望-のぞみ-を投げ出すにはちと早いようじゃ。
・・・今、言えるのはそのくらいかねえ・・・」

「またか。」と諸官が頭を悩ませていた(女)王が倒れてから早20数年経っている。

自分の望むような、君主はもう現れないのだろうか・・・と、
探していると云えば探しているのかもしれない。

自分が仕えるに相応しいと思える君主を。

しかし・・・そう、まだ望みを捨てるには早すぎるのかもしれない。
妖魔が跋扈し、自分自ら州内を視察=みまわり=しなくてはならない状況だとしても。
まだ、自分には守り、そして新王に渡すべき土地と民が託されているのだから・・・

老婆の言葉を信じたわけではなかったが、彼は礼を言いたかった。
自分が此処(州侯)を投げ出すのは、皆-たみ-が自分を必要としなくなった時でも遅くはないのだと。
いや、それまでは、彼らを守る義務が或るのだということを今更ながら思い起こせたことに。

「・・・我ながら、情けないことに少し疲れていたようだ。希望を持ち続ける、と云う事に。
彼ら=たみ=の希望となるべきは私の方だったというのに・・・」

・・・決して彼らに悟られてはいけない、自分が疲弊している事など。
そう、自分こそが彼らの希望になっていかなければならなかったのだ。
彼らの心に、明るい未来に対する”希望”という灯火を絶やさぬよう・・・

「探し物、と言うよりは心の暗雲=もや=が晴れたようだ、礼がしたい。」

そう云って懐に手を入れて財布を取り出そうとする彼に
老婆は静かに頭=かぶり=を振った。

「信じていない者から金は貰わん。
・・・じゃが、その内嫌でも解る日がくるじゃろう。
その頃また、お目に繋ろうて・・・・」