side with you
ステージから主役は去ったというのに、鳴り止まない歓声が未だに会場を包んでいた。
セイルーンの城の横に建てられた特設会場がある場所は、本来ならば王族が有事の際に国民の前で宣誓をするための広場である。
しかし、今は、とあるイベントを行って国民の士気を上げるために使用している。
「リナさん、お疲れ様です」
アメリアが汗を拭うリナに走り寄って来る。
「アメリア!
……あんた、仕事が忙しいんじゃないの?
あたしの所なんて来て大丈夫なの?」
「逆に、こういうタイミングでもないと、仕事を抜け出してリナさんに挨拶をすることができないんです」
そう言ってアメリアは舌を出した。
旅をしていた時には想像も付かなかったが、今のアメリアはセイルーンの第二王女としての公務に追われている。
去年、レッサー・デーモンに町や村が襲われる事件が頻発したため、その残処理に追われているのだ。
……まあ、それを解決したのがあたしとガウリイなわけなので、あたしもきっちり関わっている件なのだが。
「リナさんがこうして各地を回って人々の士気を上げて下さってるお陰で、本当に助かってるんですよ」
「セイルーンの王女にそう言ってもらえると、あたしもやってる甲斐があるってもんよ」
ガウリイと、目覚めた魔王……ルーク=シャブラニグドゥを倒した後、世界から活気というものが消えた。
あたしたちは魔王が消えたから、もう町や村を襲うレッサー・デーモンが出ないことを知っているが、人々はそうではない。
いくら国の頭が恐怖の元凶が消えたという知らせを出したとしても、深く心の奥を侵した恐怖が簡単に消えることはない。
人々の笑いは消え、町と町を行きかう人も少なくなった結果、各国の経済は停留してしまったのだ。
そこで一肌脱いだのがこのあたし、リナ=インバースなのである。
きっかけは、ルークとの戦いだった。
……あたしも今まで、戦って敵を倒すことや、何かを壊すことしかしていなかったが、人間として何かを創ったり残したりしようと思った。
そこで、この世界に元の活気を戻すことを決意したのだ。
あたしは攻撃魔法でも、マジック・アイテムでもなく、マイクを持って歌うことにした。
一流の魔道士としてカオス・ワーズを紡ぐために日々発声練習をしていたので、歌には自信があった。
最初は小さな村の居酒屋で歌った。
次は、とある町の商店街の一角で。
『リナ=インバースが歌っている』という噂はすぐに広まり、数ヶ月後には各国の王都を回り、特設会場で歌を披露するまでになっていた。
「歌っている間のお客さんの顔はとても幸せそうで……
どんどん世界に活気が戻っている気がします」
「そうだといいんだけどね」
セイルーンで歌うのは初めてだったが、観客の鳴り止まな歓声を聞けばこのステージが成功だったことを実感できた。
あたし達が話していると、控え室に続くドアが開き、男性が一人入ってきた。
黒いパンツに黒いシャツを着て、肩まである髪を一つに束ねている姿は、いわゆる仕事が出来そうな男性のイメージをそのまま再現しているようだ。
「さあ、リナさん、明日もこの会場でステージがあるんですから、もう休んでください」
「分かったわ。
……マネージャー様がこう言ってるから、あたしは帰るわね」
「え、ええ。
お疲れ様です」
マネージャーの方へ向かうあたしのことを、アメリアは心配そうな顔で見つめている。
心配の理由は分かっている。
「アメリアさん、大丈夫ですよ。
リナさんは僕が責任持ってケアしますから」
マネージャー……ゼロスはそう言うが、そもそもゼロスがマネージャーをしているということがアメリアの心配の種なのだ。
もちろん、性格の悪いこいつのことだから全部分かってそう言っているのだろうが。
「アメリア、大丈夫よ。
あたしは、ちゃんと分かってるから」
軽くウインクをしてその場を離れた。
+ + + + + + + + + +
あたしの歌が有名になり始めてすぐ、ゼロスがやってきたもんだからあたしも最大級に警戒した。
魔王を倒した復讐か、それとも世界に活気を取り戻させないようにあたしを排除しようとしているのか……
少なくとも、争いは避けられないと思った。
だが、そんなあたしの予想とは真逆の申し入れをしてきたのだ。
「僕を、リナさんのマネージャーにしてください」
「…………へ?」
「だから、リナさん専属のマネージャーとして僕を雇ってください。
……あ、もしかして、給料の話をしていますか?
それなら、……このくらいで結構ですよ」
「随分安いわね。
マネージャー雇うのに、この額なら……
って、そうじゃなくって。
何であんたが、あたしのマネージャーなんてするのよ」
あたしはゼロスをジト目で見つめた。
「普通に考えたらおかしいですよね。
魔族の僕が、人間のリナさんのマネージャーをする。
……しかも、人間の士気を上げる手伝いをする……と」
「魔族にとっちゃ、今の恐怖に満ちた世界……
すなわち、あんた達の食事が十分にある世界の方がいいんじゃないの?」
「確かに、負の感情が満ちた今の世界での食事はとても簡単です。
ですが、いくら人間が士気を高めたとしても、僕達が食事に困ることはありません」
「人間から負の感情を引き出すなんて、あんた達から見ればそうかもね」
高位魔族の圧倒的な力を考えれば、ゼロスの言うことはもっともである。
「一番の目的は、リナさんの観察です」
「か、観察ぅ?」
「はい。
魔王様を二度も退けた人間……
その特殊な人間のあなたが、大々的に人間世界で活躍しようとしている。
これは、魔族サイドにとっても気に留める必要がある活動です」
「それなら、あたしを消した方がいいんじゃないの?」
「はっはっは。
人間ごときの士気があがっても、僕達にとっては意味がありませんから、リナさんの活動の結果には興味ありませんよ。
……それよりも、リナさんという人間が、人間全体の行動を変えるということに興味を持っているんです。
たかが人間の一生なんて百年やそこらですからね。
魔族の勢力が回復するまでの余興として、リナさんの活動でも見ようということになったんです」
「なんだか、まったく嬉しくないマネージャーの申し入れ理由なんだけど」
「理由だけなら、そうだと思います。
ですが、リナさん、考えてください。
この価格で、空間を一瞬で渡れる能力のあるマネージャーが手に入るんですよ。
先ほど言ったことの付け足しですが、百年間は人間に手出ししないつもりですので、裏切りの心配もありません」
「ううーーん……」
ゼロスの言うとおり、これから忙しくなっていけば、移動に時間のかからないマネージャーというのは魅力的である。
しかも、恋愛感情の無いゼロスなら……よく耳にするマネージャーと歌手のゴタゴタ等もおきえない。
「僕は、嘘は言いませんよ」
セイルーンの城の横に建てられた特設会場がある場所は、本来ならば王族が有事の際に国民の前で宣誓をするための広場である。
しかし、今は、とあるイベントを行って国民の士気を上げるために使用している。
「リナさん、お疲れ様です」
アメリアが汗を拭うリナに走り寄って来る。
「アメリア!
……あんた、仕事が忙しいんじゃないの?
あたしの所なんて来て大丈夫なの?」
「逆に、こういうタイミングでもないと、仕事を抜け出してリナさんに挨拶をすることができないんです」
そう言ってアメリアは舌を出した。
旅をしていた時には想像も付かなかったが、今のアメリアはセイルーンの第二王女としての公務に追われている。
去年、レッサー・デーモンに町や村が襲われる事件が頻発したため、その残処理に追われているのだ。
……まあ、それを解決したのがあたしとガウリイなわけなので、あたしもきっちり関わっている件なのだが。
「リナさんがこうして各地を回って人々の士気を上げて下さってるお陰で、本当に助かってるんですよ」
「セイルーンの王女にそう言ってもらえると、あたしもやってる甲斐があるってもんよ」
ガウリイと、目覚めた魔王……ルーク=シャブラニグドゥを倒した後、世界から活気というものが消えた。
あたしたちは魔王が消えたから、もう町や村を襲うレッサー・デーモンが出ないことを知っているが、人々はそうではない。
いくら国の頭が恐怖の元凶が消えたという知らせを出したとしても、深く心の奥を侵した恐怖が簡単に消えることはない。
人々の笑いは消え、町と町を行きかう人も少なくなった結果、各国の経済は停留してしまったのだ。
そこで一肌脱いだのがこのあたし、リナ=インバースなのである。
きっかけは、ルークとの戦いだった。
……あたしも今まで、戦って敵を倒すことや、何かを壊すことしかしていなかったが、人間として何かを創ったり残したりしようと思った。
そこで、この世界に元の活気を戻すことを決意したのだ。
あたしは攻撃魔法でも、マジック・アイテムでもなく、マイクを持って歌うことにした。
一流の魔道士としてカオス・ワーズを紡ぐために日々発声練習をしていたので、歌には自信があった。
最初は小さな村の居酒屋で歌った。
次は、とある町の商店街の一角で。
『リナ=インバースが歌っている』という噂はすぐに広まり、数ヶ月後には各国の王都を回り、特設会場で歌を披露するまでになっていた。
「歌っている間のお客さんの顔はとても幸せそうで……
どんどん世界に活気が戻っている気がします」
「そうだといいんだけどね」
セイルーンで歌うのは初めてだったが、観客の鳴り止まな歓声を聞けばこのステージが成功だったことを実感できた。
あたし達が話していると、控え室に続くドアが開き、男性が一人入ってきた。
黒いパンツに黒いシャツを着て、肩まである髪を一つに束ねている姿は、いわゆる仕事が出来そうな男性のイメージをそのまま再現しているようだ。
「さあ、リナさん、明日もこの会場でステージがあるんですから、もう休んでください」
「分かったわ。
……マネージャー様がこう言ってるから、あたしは帰るわね」
「え、ええ。
お疲れ様です」
マネージャーの方へ向かうあたしのことを、アメリアは心配そうな顔で見つめている。
心配の理由は分かっている。
「アメリアさん、大丈夫ですよ。
リナさんは僕が責任持ってケアしますから」
マネージャー……ゼロスはそう言うが、そもそもゼロスがマネージャーをしているということがアメリアの心配の種なのだ。
もちろん、性格の悪いこいつのことだから全部分かってそう言っているのだろうが。
「アメリア、大丈夫よ。
あたしは、ちゃんと分かってるから」
軽くウインクをしてその場を離れた。
+ + + + + + + + + +
あたしの歌が有名になり始めてすぐ、ゼロスがやってきたもんだからあたしも最大級に警戒した。
魔王を倒した復讐か、それとも世界に活気を取り戻させないようにあたしを排除しようとしているのか……
少なくとも、争いは避けられないと思った。
だが、そんなあたしの予想とは真逆の申し入れをしてきたのだ。
「僕を、リナさんのマネージャーにしてください」
「…………へ?」
「だから、リナさん専属のマネージャーとして僕を雇ってください。
……あ、もしかして、給料の話をしていますか?
それなら、……このくらいで結構ですよ」
「随分安いわね。
マネージャー雇うのに、この額なら……
って、そうじゃなくって。
何であんたが、あたしのマネージャーなんてするのよ」
あたしはゼロスをジト目で見つめた。
「普通に考えたらおかしいですよね。
魔族の僕が、人間のリナさんのマネージャーをする。
……しかも、人間の士気を上げる手伝いをする……と」
「魔族にとっちゃ、今の恐怖に満ちた世界……
すなわち、あんた達の食事が十分にある世界の方がいいんじゃないの?」
「確かに、負の感情が満ちた今の世界での食事はとても簡単です。
ですが、いくら人間が士気を高めたとしても、僕達が食事に困ることはありません」
「人間から負の感情を引き出すなんて、あんた達から見ればそうかもね」
高位魔族の圧倒的な力を考えれば、ゼロスの言うことはもっともである。
「一番の目的は、リナさんの観察です」
「か、観察ぅ?」
「はい。
魔王様を二度も退けた人間……
その特殊な人間のあなたが、大々的に人間世界で活躍しようとしている。
これは、魔族サイドにとっても気に留める必要がある活動です」
「それなら、あたしを消した方がいいんじゃないの?」
「はっはっは。
人間ごときの士気があがっても、僕達にとっては意味がありませんから、リナさんの活動の結果には興味ありませんよ。
……それよりも、リナさんという人間が、人間全体の行動を変えるということに興味を持っているんです。
たかが人間の一生なんて百年やそこらですからね。
魔族の勢力が回復するまでの余興として、リナさんの活動でも見ようということになったんです」
「なんだか、まったく嬉しくないマネージャーの申し入れ理由なんだけど」
「理由だけなら、そうだと思います。
ですが、リナさん、考えてください。
この価格で、空間を一瞬で渡れる能力のあるマネージャーが手に入るんですよ。
先ほど言ったことの付け足しですが、百年間は人間に手出ししないつもりですので、裏切りの心配もありません」
「ううーーん……」
ゼロスの言うとおり、これから忙しくなっていけば、移動に時間のかからないマネージャーというのは魅力的である。
しかも、恋愛感情の無いゼロスなら……よく耳にするマネージャーと歌手のゴタゴタ等もおきえない。
「僕は、嘘は言いませんよ」
作品名:side with you 作家名:魅桜うさぎ