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鳴倉(なりくら)
鳴倉(なりくら)
novelistID. 28173
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dear you

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10年経った。
20代を折り返そうとしていた。
声は低くなり、背は伸び、髪は短く。
変わらないのは両手に馴染む獲物。

早かった。
そして目が眩むほど長かった。
幸いなことに欠伸だらけの10年ではなかった。
それなりに楽しませてもらった。

だけど、足りない。
ちっとも。

満ちたと思ったら、途端に涸れる。
まるで陽炎のようで踏めそうだと思ったら逃げていく。
そうやって僕を先へ先へと歩かせた。
そうしてここまで辿り着いた。
ずいぶんと癪な話だが。



「派手にやったなぁー、恭弥」

不意にかけられた声。オンもオフも関係なく襲いかかってきた足下に転がる5体の刺客を見て男は言った。
どこか楽しそうなそれにイタリア屈指のマフィア、ボンゴレの雲の守護者は眉根をきつくした。
夜の闇の中、ウザいほど目立つ蜜色の髪を風になびかせて近付いて来る男、キャバッローネファミリーの10代目ディーノ。
最悪だが恋人だ。

「車出すから空港の入口で待っとけって言ったのに、いなくなるしよ」

ずいぶん捜したぜと子供にするようにがしがしと、いい年した男の頭を掻き撫ぜた。

相反して夜の闇に溶ける黒い髪と瞳の男、雲雀恭弥は眉間の皺が一つ増えるのと同時に未だ返り血のついた愛用のトンファーをディーノの首筋に当てた。

「今すぐその手を離すのと、咬み殺されるのとどっちがいい?」
「いや、スミマセンでした…」

溢れる殺気にディーノは顔を引きつらせて両手を顔の横に上げた。
雲雀は戦闘後は更に気が短い…。

「まあまあ、一暴れしてお腹すいたろ?何が食べたい?」
「肉」
「……………………はい」

即答された返事にずいぶんと色気がないなとディーノは思った。
男に色気を求めるのもあれだが。


出会ったのは10年前。
不本意だが、ボンゴレのおかげ。
イタリアと日本。国境も時差も、中学生とマフィアのボスという立場すら越えようと互いに無我夢中だった。
今はお互いにイタリアに住み、雲雀は今やマフィアの幹部。
国境も時差も立場まで越えたというのに、会える回数はあの頃より少なくなっていた。
皮肉なものだ。
ままならない事ばかりで、馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しい事は嫌いだったが、雲雀はディーノという存在を切り離す事はできなかった。
歯痒くとも。


「久しぶりだなあ、恭弥。元気だったか?ちゃんと飯食ってるか?あんま無茶してツナに迷惑かけるなよ」
ハンドルを握るディーノはご機嫌で、いっそうるさいほどに話しかけてきた。
いつも電話をしてきては同じようなことを聞いていくのに、直接顔を合わせてまで同じ問い。
でも半年ぶりに聞く電話越しじゃない彼の声が心地よかったので、雲雀は適当だが会話に付き合ってやった。
ご機嫌なディーノに連れて来られたのは、いつもの高級レストランじゃない。町中の小さく庶民じみたレストラン。赤いフェラーリが実に浮く。
ディーノが店に入った途端にレストランに来ていたこの町の馴染み客達が、皆一斉に声を上げて久しぶりだなと彼を取り囲んだ。
ディーノもまた嬉しそうな顔をして、町の人達からの歓迎を受けていた。
市民に好かれるマフィアのボスなんてのはディーノとあの草食動物ぐらいだと、雲雀は人山から離れた入口に凭れかかって溜息を一つ零した。
しばらくして十分に再会の喜びに浸った後、ディーノは町の人達からの誘いをなんとか断って雲雀のもとへ駆けてきた。

「わりぃ、恭弥。個室用意してもらってるから行こ」ほくほくと満足そうな顔をして、ディーノは雲雀の手を引いて歩きだした。
店の女主人に案内されたのは2階にあるパーティー用のフロア。個室と呼ぶにはだいぶ広い。
いくつかのテーブルセットが並ぶが当然客はいなくて、貸し切り状態。
そのどれかの席につくのかと思ったら、更にその奥のバルコニーに席は用意されていた。
丸テーブル。真っ白なテーブルクロスが掛けられて、中央にはキャンドル。

「ここのレストランは俺がガキの時からよく来てたんだ。お前ハンバーグ好きだったよな?ここのハンバーグはうまいぞー!肉汁たっぷりで上にとろっとろのチーズがのってて、デミグラスソースとよく合うんだ」
「……………」

彼の中での雲雀の情報は10年前のままらしい。
………………まぁ、確かに今でもハンバーグは大好きだが。
結局ディーノはラザニアを、雲雀はハンバーグを『3人前』頼んだ。
せっかくのタダ飯に遠慮をする気など毛頭ない。
しばらくしてやってきた料理に雲雀は口の中に唾液が充満するのを感じた。鉄板の上で弾けてるソースと食欲を誘う匂いがたまらなかった。
傍目にはわかりにくいが目を輝かせている雲雀にディーノは小さく微笑み、召し上がれと言った。
しばらく2人して目の前のご馳走に没頭していると、ふと下の階から賑やかな声が漏れてきた。
雲雀がその声にじっと視線を向けていると、それに気付いたディーノがふっと苦笑を漏らした。

「ごめんな。お前こういうとこは苦手だろうなとはわかってたんだけど…」

そしてディーノは腕を伸ばして雲雀の頬にそっと触れた。

「どうしても恭弥と来たかったんだ」

一度でいいから。

ディーノは愛しそうに目を細め、頬に当てていた手で雲雀の髪を耳にかけた。

「…………別に」
「ん?」
「別にまた来てもいいけど。料理もおいしいし………」
「っ、恭弥愛してる!」
「そういう事はホテルに帰ってからにしてよね」

思わずキスしようとしてきたディーノに雲雀が殺気を込めて睨むと、ディーノはじゃあ早くホテルに行かなきゃだなとニヤニヤして雲雀はしまったと思った。








闘争心は満たされた。
食欲も満たされた。
あとは、もう。


ホテルはいつものところだった。
いつもの最上階のスイートルーム。
ここもまた半年ぶり。

2人は部屋に入るなり、絡み合いながらベッドに倒れ込んだ。スーツの皺など気にならない。

「恭弥。……恭弥」

ディーノが名前を呼んだ。


互いの吐息がかかる距離で、互いの瞳にその顔を映して。

この距離が、
この距離がずっと欲しかった。

「…………ディーノ」

僕もまた彼の名を呼んだ。
縋るように、確かめるように、求めるように。

それを知ってか知らずか、ディーノは泣きたくなるほど優しく笑ってまた口づけた。

ディーノは触れては温度を知り、舐めては形を知り、見つめては姿を知り、呼んでは存在を知ろうとした。

でもこの心を知ることは絶対にできない。
だって僕にさえ見えないものを、どうしてあなたに触ることができる。
僕にさえ探し出せないものを、どうしてあなたに捕まえられる。
でも、せめて。
だから、せめて。

「もっと近くに」

伸ばされた腕を取り、ディーノはその腕を自分の首に回させて雲雀の首筋に顔を埋めて、懐かしい香りを肺いっぱいに吸い込んだ。

「…………恭弥、会いたかった…」

今更すぎる言葉に「僕も」と言えたらよかったのだろうけど、とてもじゃないがそんなこと言えなくて、代わりに同じように首筋に擦り寄った。

もっと。
もっともっと。
渇きなど追いつけないくらいに満ちればいい。
この器から溢れて溢れて、溢れ出て。
いつかその欲望の水に溺れたとしても怖くない。
作品名:dear you 作家名:鳴倉(なりくら)