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水の器 鋼の翼4

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1.

 眼下に広がるのは、ネオドミノシティの整然とした街並み。その先に広がる紺碧の大海原。
 まばゆく日の光を照り返す美しい海原には、灰色に濁りきった孤島、サテライトがぽつりと浮いている。あれは目を背けることの許されない、ただ一つの汚点だ。
 あれだけ生き延びようとあがいていたその場所は、一旦出て行ってしまえば大層ちっぽけなものだった。何とも矮小な世界だった。――病室のベッドに腰掛けて、レクスは自嘲する。

 ダイダロスブリッジから飛んだあの日以来、レクスはシティの病室に閉じ込めの身分だった。酷く傷ついた身体も時間をかけて何とか回復し、服装が病院着からワイシャツと灰色のズボンに変わった後も、レクスはここから出してもらえなかった。セキュリティによる監視は厳しく、ご丁寧にも窓には頑丈な鉄格子がはめられていた。これでは逃げようにも逃げられない。もっとも、彼自身その気もなかったのだけれど。
 ここに来るのはほんの一握りの人間だけだった。医者に看護師に、セキュリティに属していると思しき一人の少年。見たところ年相応の容貌なのに、身体全体をすっぽり覆う白マントと左目を隠す鉄仮面が異様さを醸し出していた。いつの頃からか、シティでは未成年がセキュリティに就職できるようになっていたらしい。レクスがサテライトにいる間に、時代は変わったものだ。
 その少年も、レクスが置かれている状況と行く末については何一つ教えてくれなかった。答えの代わりに残して行ったあの甲高い笑い声が今でも耳に残っている。
 レクスは膝の上に目をやった。
 彼の灰色の膝の上には、白い枠のカードが三枚。不動博士から渡された《スターダスト・ドラゴン》、《レッドデーモンズ・ドラゴン》、《ブラックローズ・ドラゴン》。……あの「腕」はここにない。レクスがこの病室で意識を取り戻した時、手元にそれはなかった。訪れるセキュリティに尋ねても、その行方については杳として知れなかった。あれはD-ホイールと共に海に沈んだのか、それともセキュリティに見つかって捨てられてしまったのか。分かっているのは、レクスがルドカーから預かった「腕」を失くしてしまったということだけだった。 
 カードはまだ手元にある。シグナーを集める使命は果たそうと思えば果たせるかもしれない。だが、もうそんな気力はない。萎えてしまったのだ。あの「腕」は、レクスが思っていた以上に心のよりどころになっていたらしい。
 と、窓から吹き込んだ一陣の風。気まぐれな風は、レクスの膝の上からカードをさらった。反射的に腕を伸ばそうとしたレクス。宙を舞うカードを捕まえられずに空を撫でる垂れたワイシャツの袖。
 二枚のカードはそのまま床に零れたが、残り一枚が病室の扉の前まで飛び、裏返しの状態で軽やかに着地した。それを呆然と見やるレクス、風にふわりと揺れる左袖。残された右手が、空っぽの袖をぎゅっと握りしめる。
 病室の自動ドアが、ノックもなしに突然開いた。扉の向こうにいたのは、白装束とフードを纏った一人の青年。右目とその周辺はあの少年と似た鉄仮面で覆われている。少年の仲間かもしれない、とレクスは直感的に理解した。
 青年は勢いもそのままにつかつかと病室に入って来たが、踏みつける寸前に床のカードを見つけた。血の気の少ない青白い指が、カードをぴらりとめくり上げる。現れたのは白いカードに描かれた白い竜。《スターダスト・ドラゴン》のカードだ。
「……」
 拾い上げたカードを、青年はすぐにレクスに返してくれなかった。どころか、彼の冷たい赤い瞳はカードをじっと睨みつけていた。その憎々しげな様子はまるでそれが誰かの敵か何かのようだ。
 万が一カードを破られでもしたら。そう思うとレクスにはどうも辛抱ならない。
「そのカードを返せ」
 青年はレクスを一瞥し、再びカードに目を落として舌打ちした。
「――忌々しい、シンクロモンスターめが」
 カードが青年の手からぞんざいに投げられる。それはレクスの右手が危うくも受け止めた。少々のほこりはついたもののカードは無傷。だがカードの無事を安堵する暇もなかった。青年が腰に携えた長剣に手を掛けたからだ。
「我が名はプラシド。我が神Z-oneの命によりここに来た」
 告げるや否や、彼は鋭い切っ先をレクスの鼻先に突き付けた。

 全く訳が分からなかった。
 プラシドが剣をレクスに向けた時、レクスは今度こそ自分の運は尽きたと覚悟した。だが、よく研がれた剣はレクスを一ミリたりとも傷つけず、代わりに何もない空間に光る裂け目を残した。空間の裂け目はぐいぐいと横に広がって行き、白くぽっかりと穴が開く。
 どのような原理なのか、レクスはついに聞けなかった。聞こうとした寸前にプラシドがレクスを穴に向かって突き飛ばしたからだ。理由も分からないまま穴をくぐり抜け、たどり着いたのは病室とは全く別の場所だった。
 一連の出来事にはただただ驚愕するしかない。いや、それ以上に、
「これは第一号モーメント……無事、だったのか……!?」
 レクスや不動博士、そしてルドガーが心血を注いで造り上げた第一号モーメント。事故を起こし、それきり状況の知れなかったエネルギー機関が、在りし日の姿のままここにあった。
 歓喜と絶望、それに疑問。湧き起こる感情に突き動かされるまま、レクスはモーメントの元へ駆け寄ろうとする。しかし。
「――それ以上近づくな」
 鞘から抜き払った刀身で、プラシドはレクスの行く手を遮った。
「行かせてくれ! 私はモーメントの開発者なのだ、早急にあれを調べ、事故の原因を突き止めねば!」
「あのモーメントはもはや貴様の手の届くものではない!」
 プラシドの一喝に、レクスの動きがぴたりと止まった。
「あれは我らが神の居城、アーククレイドルの中枢なのだ。あの方同様にな」
 あの方。レクスは思い出した。目の前のこの青年が神と呼んだ存在のことを。レクスはモーメントに近づくのを止め、プラシドに向き直った。今ここで問い質したいことは幾らでもあった。
「神とはどういうことだ。ナスカの地上絵に封じられし邪神のことか。お前も、あの邪神の仲間だというのか」
「違う。あの方はそのようなものではない」
 剣を引き、心外だ、と言わんばかりの表情を浮かべる青年。
「アーククレイドルの主にして我らイリアステルの創造主。そして、人類最後の神でもある」

作品名:水の器 鋼の翼4 作家名:うるら