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水の器 鋼の翼4

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 2.

 神の居城の広大な空間。どこまでも果てのない真っ白なこの場所は、まともな感覚の持ち主ならば瞬く間に気が狂ってしまいそうだ。
 白一色に塗り潰された空間の中で、鉄仮面の隙間から覗く青い瞳がレクスをじっと見下ろしていた。

「そんな話、信じられるか」
 レクスは、白いアンモナイトのような姿をした相手に向かって吐き捨てるように言った。
「私の話を信用して下さらない、と?」
 機械音混じりの声音は、いささか困った様子だった。
「ああそうだ。タイムマシンは机上の空論、海馬コーポレーションの科学力でもってしても実現は不可能だ。なのに、未来から来た人間だと? ロマンがあって結構なことだが、そんな話をどうやって信用すればいい」
「困りましたね。まずこの話を信じてもらわねば、正直後の話が進みません。さて、どうするか……」
 Z-oneは少し考えて、それから青年の名を呼んだ。
「プラシド」
 心得たかのようにプラシドはうなずき、自分の右肩に手を掛けた。すると、彼の右腕ががちゃりと音を立て、何と根元からもげてしまったではないか。レクスはその光景を目の当たりにして肝をつぶした。プラシドには躊躇いの欠片も存在していなかった。
「プラシド、彼にそれをよく見てもらうのです」
 プラシドがレクスに腕をひょいとよこした時、レクスは身の毛もよだつ思いだった。だが、すぐさま気づく。これは生身の腕ではない。精巧に造られているが、これは機械でできた腕なのだと。
「どうですか。今の海馬コーポレーションの科学力をもってしても、ここまで生身と見分けがつかない腕は再現不可能ですよね。せいぜい機械でそれっぽく造るぐらいなものでしょう」
「彼は一体何者なんだ」
「彼……いえ、彼らは私が造ったロボットなのです。今あなたの傍にいる彼も、あなたの病室を度々訪れていた少年も、あなたを海岸で拾った老人も。全て私の手作りです」
 信用していただけたでしょうか、と問うZ-oneに、悔しそうに答えるレクス。
「少なくとも、そちらの科学力が優れていることはよく分かった」
「まあ、そういうことにしておきましょうか」
 それ以上持っておくのも嫌で、レクスは腕をプラシドに返す。プラシドは顔色一つ変えずに腕を元通りにくっつけた。
「それで。未来人とやらが私に一体何の用だ」
「私は、未来を救うための提案をしに来たのです」
 Z-oneの左手方向の空間に、ぱっとビジョンが映し出された。それは、レクスも見覚えのあるネオドミノシティとサテライトの風景だった。
「あなた方の造ったモーメントの恩恵を受け、我々人類は驚異的な発展を遂げました」
 まるで映像を早送りするかのように、シティの街並みはより新しく、より洗練されたものへと発展していく。Z-oneがビジョンを一時停止した時には、シティの様相は一変していた。未来都市の上空には、どのような仕組みなのか巨大な建造物が浮遊している。 
「これが我々の時代のネオドミノシティです」
 ビジョンの内容を説明するZ-oneは、どこか昔を懐かしんでいた。
「シティのスタジアムでは今、ライディングデュエルが行われているところですね。もちろん、このD-ホイールのエンジンにもモーメントが使われています」
「D-ホイール……」
 D-ホイール。レクスの心のどこかがずきりと痛んだ。レクスが自ら造り上げたあのD-ホイールは、空を飛び損ねて今や海の底だ。
「モーメントには、この時代では判明しなかった性質がありました」
「性質?」
「はい。モーメントは人の心を読むのです。心を読み、心のあり方そのままに回転数を変える……。その心のあり方に大きな影響を与えたのが、デュエルモンスターズの召喚方法の一つ、シンクロ召喚だったのです。このシンクロ召喚がなければ、モーメントもここまで進化することはなく、モーメントなくしてシンクロ召喚が発展することはなかったでしょう」
 ビジョンの中のD-ホイーラーは、口上と共に白いカードを振りかざす。Z-oneの時代には、このようなシンクロ召喚使いが世界各地でひしめいていた。
「しかし、過ぎた進化の行きつく先に、人類の幸福な未来などなかった」
 次の瞬間、美しかったシティは無残な廃墟と化していた。まるで、何者かが散々蹂躙しつくしたかのように。驚くレクスに、Z-oneは話を続ける。
「急激な進化と発展。秩序なしにそれらを追い求めた人類の心に、いつしか欲望と負の感情が生まれました。モーメントはそんな心を読み取り、そして……」
 モーメントは逆回転を始め、ついには大爆発を起こしてしまった。レクスが目の当たりにしたあの事故同様に。ただ、未来に起こったというこの事故は、あの時の事故とは比べ物にならなかった。シティ一つどころか、地球上に存在するあらゆる文明を一瞬にして吹き飛ばしてしまったのだから。
 後に残ったのは荒涼とした大地。ただそれだけだ。
「これが、我々が未来を変えようとしている理由です。モーメントとシンクロ召喚、この二つが互いに影響し合った結果、人類は破滅してしまいました。破滅の原因は消し去らねばなりません。試行錯誤の末にそのような結論に達した我々は、破滅を迎える歴史を修正すべくある組織を作り上げました。それがイリアステルです。――ここまでざっと説明しましたが、理解していただけたでしょうか?」
 Z-oneが説明を終えてしばらく、レクスは呆然としていた。だが、時間が経つにつれて怒りがふつふつと増してくる。レクスにとってZ-oneが語った内容は到底信じられない、いや、信じたくないものだった。
「いい加減にしてくれ! 私たちが造ったモーメントが人類を滅ぼすだと! そんなこと、あってたまるものか!」
「私の話を信じない、と?」
「そうだ! そもそも貴様の言う歴史の修正とはどういうことだ! 何故貴様はそんなことができる!」
「それは……」
 言いかけてZ-oneは口を閉ざした。訝しむレクスに彼は、時が来ました、と告げる。
「百聞は一見にしかず、です。お見せしましょう、私の力を」

作品名:水の器 鋼の翼4 作家名:うるら