Shadow of HERO 9
あの時助けたことは間違っていたのだろうか。両親が手遅れなのは明確だったのだから、いっそ見殺しにするべきだったのだろうか。幼い頃は輝く瞳を持っていた彼が、荒んだ意見を口にするたび、そんな考えが脳裏を過っていた。犯人が捕まったことを知らずに苦しむ被害者のことも割り切れていたはずなのに、自信が持てなくなっていた。
『20年前、助けてくれてありがとうございました。』
(だからあの「ありがとう」は最高に特別なありがとうだったんだよ、バニー。)
Shadow of HERO 9
ゆるやかに意識が浮上して、虎徹はうっすらと目を開けた。ぼやけた白い天井が目に入る。何度かまばたきをすると、それは鮮明に見えるようになった。同時に頭もはっきりして、自分がどこにいるのかも解ってくる。じっと見つめていると気が狂うのではと思うぐらいに白い天井、それに規則的な電子音、間違いなく病院だ。
(そっか…崩れてきた壁からバニーを庇って…)
死も覚悟したが、こうして生きているということはあの後バーナビーが助け出してくれたのだろう。体が固定されている感覚からみるにダメージは大きかったようだが、それでも楓を独りにすることがなくて良かったと思う。
しかし、あの後どうなったのか。ナースコールはどこだろう、と手探りでボタンを探す。そうしていると扉の開く音がした。
「アレ!気が付いたのね!」
「…ネイ、サン…」
今目覚めたと悟ったのだろう、ネイサンが虎徹の口元に水のみをあててくれた。喉と唇を潤せて、ホッと一息吐く。
「あの事故から丸一日経ったわ。怪我人はいたけど、死者はなし。あんたは全身打ち身やら骨折やらあるみたいだけど、命に関わるものはなかった上に後遺症も心配ないですって。よかったわね。」
「そっか…心配かけてごめんな。」
「ホントよ、まったく!ハンサムがヒビだらけのスーツを着てぐったりしたあんたを抱えて出てきた時は、頭が真っ白になったのよ!」
「それってネイサン以外に誰が見た…?」
「全員ね、テレビには映ってないけど。」
「ぜっ……!?」
一人二人は覚悟していたが、まさか全員とは思っていなかったため、虎徹は絶句した。下の様子を見ていないので何とも言えないが現場は騒然としていただろうし、どさくさに紛れてこっそり運ぶぐらいできなかったのかと言いたくなってしまう。
「仕方ないじゃない、ハンサムがそれはもう悲惨な様子で『彼女を助けて下さい!』って叫びまくってたんだもの。」
「バニーが…?」
そんな彼、まったく想像できない。
「そ。運ばれた後もインタビューは受けてたけど、心配ですって顔に書いてあったわ。現に今も、ねぇ。」
「え…?」
ネイサンが虎徹の腹の辺りを指差すので、首を少し上げそこに目をやる。そこにはバーナビーが突っ伏して眠っていた。体の重みはギプスのせいだと思っていたが、それだけではなかったらしい。隙間からわずかに窺える寝顔からは、どこか憔悴した雰囲気が感じ取れる。ただでさえ己の護衛とヒーロー業の掛け持ちで厳しかったのだから、そんなに動揺したのだったらこうなるのも無理はないのかもしれない。それもやっぱり己に対してあんなにもきつく当たっていた彼が、という気持ちはあるのだが。
「う、ん……」
虎徹が身じろいだからだろうか、バーナビーが眉を寄せ、少しの後目を覚ました。
「お目覚め、ハンサム。」
「ミスシーモア、来てたんですか…。」
ええ。彼女がお目覚めよ。」
「え…?――――っ!虎徹さん!?」
「よ、よう。」
どんな態度を取ればいいのかとっさに判断できず、虎徹は曖昧なあいさつをした。ふと違和感も覚えて首を傾げたが、今それについて深く考え込む余裕はない。
「よかった…」
「じゃあ私は、看護師さんに目が覚めたって伝えて帰るわね。」
「ああ、ありがとな。今度酒奢るよ。」
「楽しみにしてるわ。」
振り返り際にウインクを見せて、ネイサンは去って行った。それが落ち着くと気まずい静寂が漂う。バーナビーはとりあえず、と虎徹を起こし後ろに枕を挟んでくれた。
一体何から話したものか。
(とりあえず俺が何してるか、からか…?じゃないとご両親の話にも入りづらい、よな…?)
思い切って話を切り出そうとしたのだが―――看護師が入ってきて出鼻をくじかれた。
彼女は気分はどうかと尋ね、虎徹が何ともないと答えると己の状態について簡単に説明してくれた。肋骨やら足やら腕やらあちこち折れてはいるが真っ二つになった所がほとんどらしく、一ヶ月すれば大体直るとのこと。予想よりは良い状態に、我ながら運がいいと感心する。それを口にしたら「骨折をそんな楽観視しないで下さい」と怒られてしまった。バーナビーも呆れているのが視界の端に入る。このやり取りで空気が和んだおかげか、彼女が去った後は空気が少しマシになった。
「……ネイサンから聞いたよ、助けてくれてありがとな。」
「…いえ、それはこっちの台詞です。あの時あなたが僕を突き飛ばさなかったら、瓦礫の下敷きになってたのは僕でした。」
「とっさだったから思いっきし突き飛ばしちまったけど、お前の方は怪我なかったか?」
「ええ。スーツが丈夫でしたから。」
「そっか、さすが斉藤さん。」
一言話しかけたら、その後はするすると言葉が出てくるようになった。多様空気が柔らかくなっていたとはいえ、あんなに気まずかったのに不思議だ。
「もう誤魔化さないんですね。」
「しようがないだろ。」
「僕は『こっそりヒーローの真似事してました』ぐらい言ってくるかと思ってました。」
「だっ!そこまで往生際悪くねぇよ!」
そう言いながらも、そんな言い訳もあったのかとこっそり思う。思いついたところで、おそらく使わなかっただろうなとも思うが。
「まずは俺がなんであんなことしてるかから説明した方がいいよな…?」
「話せるのなら、そこからお願いします。」
「了解。―――俺がヒーロー目指してた頃、20年ぐらい前だけど、その頃はまだヒーロー=男性っていう考え方だったんだよ。だからどこにアピールしてもスポンサーなんてなってくれなくてさ。諦めるしかないのかって思った時、『1つだけ枠がある』って言われたんだ。なんか警察?ヒーロー業界?かよく判んねぇけど、NEXT犯罪でヒーローが必要でもカメラを入れたくない場合はどうするか、っていう問題があってさ。ヒーローはパフォーマンス面もあるしカメラないなら使えないとかで、だったらそういう役を作ればいいんじゃないかってなったらしいんだよ。」
虎徹からすれば、正直下らない話だと思う。犯罪者がどんなであろうと被害者の危機は同じなのだ。ショーがどうとか言ってないで、危ないものは助けるでいいではないか。
「俺は女だけど能力は優れてるし、適任だろうって。俺はそれにやるって答えた。人に知られようが知られまいが、助けることに変わりないしな。」
「……あなたの性格じゃ辛いことも多かったんじゃないですか、仕事の中にはショーの盛り上げ役も含まれているように思えるのですが。」
作品名:Shadow of HERO 9 作家名:クラウン