Shadow of HERO 9
「さっすがバニーちゃん、鋭いな。最初は複雑だったけど、今はそうでもねぇよ。硬直した事態を動かせば被害者の負担を軽減できる、スリリングなものを映せば見てる人が嫌なこと忘れて楽しんでくれる。そう考えれば満更でもないだろ?」
言いながら、今はもう会えない男性のことを思い出す。これらの発言者である夫の姿を。条件を呑むか迷っていた時、業界の裏側について葛藤していた時、彼はそう言って虎徹の背中を押してくれた。今ではすっかり己の身に浸透したこの考え方に、何度救われたことか。巴がいなかったら、虎徹はワイルドタイガーを続けられなかった。そして、きっとバーナビーともこうして向かえ合えなかった。
「バニーちゃんのことはよく覚えてるよ。………ブルックス夫妻は俺が初めて助けられなかった人だから。」
顔は見られなかった。バーナビーが息を呑むのが分かる。そうだろう、それまで成功していたのに自分の親で初めて失敗した、なんて聞けば驚くに決まっている。そして次の瞬間に湧きあがってくるのは怒りだろう。
虎徹はバーナビーが己を罵るのを待った。しかし、いつまで経っても彼の言葉はない。おそるおそる彼の様子を窺う。バーナビーは、じっと静かに虎徹を見ていた。
「それで?」
「え…?それで、って…バニーちゃん俺に何か言うことないわけ?」
おかしい。バーナビーは両親の敵が許せずに20年生きてきたはずだ。それなのに、なんでこうも落ち着いている。目の前に、長年の苦行を終わらせられる可能性がぶら下がっているのに。
「僕は違いますが他のヒーローは素顔を隠していますし、あなたが黙っていたことは気になりませんよ。」
「じゃなくて!こう…なんで助けてくれなかったんだ!とか色々…」
「あなたに対してそんな憎しみは抱いていません。」
「…なんでだよ?俺の経歴に同情でもしたのか?」
「そうじゃありません、昔からそう思ったことがないんです。…炎の中で、近付いてくる犯人と僕との間に、あなたが割って入ったのをおぼろげながらに覚えています。僕はそれにすごく安心した。あなたをヒーローだと思った。」
「でも…俺はその期待を裏切っちまった。」
「いいえ。…こう言うと恥ずかしい話ですが、僕はずっとウロボロスを追っていたので、あなたの印象に関しては昔のままなんです。だから、あなたはずっと、世間がどう言おうが僕のヒーローなんですよ。」
「っ……!」
その言葉を聞いた瞬間、身に余ると分かっているのに心の底から嬉しいと思った。巴を除いて誰にも言ってもらえなかった「ヒーロー」という言葉に感動して、そしてし過ぎて身が震える。自分がレジェンドに憧れたように己も誰かの憧れになりたいとう夢を、叶えられていたなんて。
「俺は…ヒーローTVでお前が荒んだ目をしてるの見るたびに、いっそ助けない方がよかったんじゃないかって思ってた…。見殺しにして…ご両親に合わせてあげた方がよかったんじゃ…って。」
「とんでもない。確かに独りで生きるのは楽な道のりではありませんでしたけど、あそこで死んだ方が良かったなんて考えたことありませんよ。」
その言葉を聞いて、ついに涙が一筋頬を流れ落ちた。ブルックス夫妻を助けられなかった後悔からボロボロになっていた虎徹に、巴が言った言葉が思い出される。
『死んだら何もないけど、生きていたら辛いことと同等に楽しいことがある。死んだ方がマシな人生なんてないんだよ。』
「改めて、ありがとうマイヒーロー。」
(ホントだな、巴…。バニーちゃんがあそこで死んでたら、こういう笑顔を浮かべることもなかったんだよな。)
長年抱えてきたものが浄化されたような気がして、虎徹はとうとう泣きだした。
作品名:Shadow of HERO 9 作家名:クラウン