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たかむらかずとし
たかむらかずとし
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愛と睡眠薬

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 彼はまるで振り子のようだった。
 


 竜ヶ峰帝人が最近ぼうっとしているというのは知っていた。だがこんなことになっているとは知らなかった。何事も自分の目で確かめるのが一番だ。俺は夜十一時の東池袋で改めて情報の扱い方について思案する。
 その間にも彼はカバンを肩から提げたまま、頼りなく店の間を歩いている。歩いているうちに右に寄っていき、そこにあった薬屋のポップにぶつかった。そのまま今度は五メートルほどかけて左へ振れていき、今度は店の壁に体を擦っている。彼は明らかにラインの上で振り子のように揺れていた。つまり、こっちとあっち、彼岸と此岸の境界線の上で。
 彼が再び右へふれて、呼び込みをしている居酒屋の男にぶつかる前に、俺はその手をとった。
「何してんの?」
 冷たい手だった。
 ぐいと引くと彼はぼすんとぶつかってきた。大きな目がのろのろと俺を見る。
「あー…臨也さん」
「はい当り。何してんの?」
「何って…」
 彼はふらふらと定まらない視線をさまよわせる。それにつれて細い首と小さな頭がぐらぐらと揺れる。俺が掴んだ腕にも力が入ったり抜けたりする。
「君立ってられる?」
 不意に興味を覚えて腕を放すと彼はよろけた後、なんとか自分の足でバランスをとった。相変わらず不安定だが。ゆれる足元を見下ろして、それから彼は俺を見上げた。
「まあ、なんとか」
 へらっと笑った。俺は改めてその冷たい手を掴むと、ぐいぐい引いて歩き出した。
「臨也さん?」
 実際はほとんど「いあーしゃん?」だったそれを無視して進む。ほとんど引きずられながらも抵抗もしない彼を連れて、俺はチェーンの居酒屋に入った。
 制服姿の彼を見ても店員は何も言わない。念のため「この子高校生だからお酒無しね、俺がいない隙にオーダーしても出さないように」と言っておく。店員は意外そうな顔をした後へらっと笑って「あっす」と言った。
「あっすって何ですかね? それより臨也さん、僕帰って課題やらないと…」
 座敷につくなりべしゃんと潰れた彼が言う。半分寝転がるようにしてそう言うがそれもところどころ呂律が回っていない。 
 お通しカットして勝手に漬け物とポテトを頼んだ。ドリンクはホットウーロン。
 レンチン以外の何ものでもないウーロン茶が来た後、俺はさて、とテーブルに突っ伏した彼の頭を持ち上げた。
「なんでそんなことになってんの、帝人くん」
 すると帝人くんはまた大きな黒い目をうろうろさせた後、うーんと唸った。
「最近眠れなくて」
「何種類出させた?」
「…よん?」
 帝人くんは顔をしかめて数え出した。曰く、秋葉原、上野、駒場、飯田橋。それだけの精神科か、もしくは心療内科をハシゴしたという事だ。
 僕はこの子供が思ったより境界線の真上にいるのを知る。
「眠剤だけ? 向精神薬は?」
「それはないです。眠れないだけ。眠れないから、睡眠導入剤と、もうちょっと強いのをちょっとずつ。そんなに頻繁に通えないし、診察受ける気もなかったので、貰いだめしました。眠らないと色々と支障を来すので」
 これだけを言うのに五分かかった。効きがピークに近いところにきているらしい。
「家で飲めよ」
 呆れて言うと、帝人くんは渋い顔をした。
「そのつもりだったんですけどね。夕方、家で一回分飲んで、眠れなくてもう一回分飲んで、九時回ってもう一回分飲んで、そこで呼び出しかかっちゃって。その時はまだ効いてなかったから出たんですけど、終わる頃にはもう眠くて眠くて眠くて眠くて」
「あっきれた。他の連中は何も言わないわけ? あのブルーだかドドメ色だかってガキどもは」
「誰も気付いてないんじゃないかな。青葉くんは知ってそうですけど、口出すタイプじゃないので」
 そう言いながらも帝人くんの頭は段々テーブルに向かって下がっていく。激突する寸前でその広い額を拾い上げ、俺はまた彼の視線をこちらへ誘導する。
「言っといた方がいいんじゃないの、この状態でシズちゃんなんかに絡まれたら即死するよ」
「本望かも。…嘘です」
 帝人くんはまたいかにも眠たげに瞬きした後、とろんと目を閉じて言った。
「眠れない理由は分かってんですよ。僕は弱いから」
「分かってるならなんとかすれば?」
「分かっててもやんなきゃいけない事ってあるじゃないですか。しんどくても」
 目を閉じたままポテトをくわえて彼は言った。何か食べてないと今すぐ昏倒しそうなのだという。今潰れられてはつまらない俺はせっせとのその口に三色漬けとポテトを突っ込み続ける。
「僕は僕のしたいことを完遂します。絶対に。そうでない事はあり得ません。僕は僕である限り、手を付けた事は必ずやり遂げます。でもそれって凄くエネルギーがいるんですよね」
「そりゃね」
「僕は確信してる、今僕が手を付けているこのくそったれな面倒事の山は、全て正しい決着を導くための唯一の手段だって。あの日を取り戻すための、無二の正当の手段だって。
 それでもそれは困難で、面倒で、僕がハンドルできるギリギリのラインの上にあるんです。
 問題ばかり、僕の目の前に積み上げられてて、僕はその問題の海でほとんど溺れかけてるんだ」
 ぶつぶつと呟く少年はもう半分眠っている。
「だからそれを言っといたらいいのに」
「やですよ」
「じゃあ何で俺には言うのさ。そりゃ聞いたのは俺だけど」
 すると帝人くんは一瞬だけぱちっと目を開いて、そんな質問をされるのが不思議でしょうがないという顔をした。




「だって臨也さんは、僕のことで傷ついたりしないじゃないですか」



作品名:愛と睡眠薬 作家名:たかむらかずとし