愛と睡眠薬
俺は深く納得する。彼は僕の本質をつかんでいる。僕は彼を気にかけてはいるが、僕は彼のために傷ついたりはしない。
帝人くんは僕の前でまた前後左右に揺れながら、重たげな瞼をひくつかせている。
「つまり君はあの子たちを傷つけたくないんだ」
「みんな優しいですから。僕のこと、…つまりだから、…ああもう眠いな、臨也さんこの話今度じゃダメですか?ちょっと寝かせて下さいよ…」
だめ。
「もー…。だからですね、みんな僕のことなんかで傷ついちゃうんですよ、優しいから。僕はみんなにそんな思いしてほしくないんです、全て僕の責任なんですから。そこいくと、臨也さんは僕のことで髪の先ほども傷ついたりしないでしょう」
「ああ、なるほどね」
俺は深く頷く。
「みんなに言ったら、みんなを傷つけちゃうじゃないですか。でもあなたはそうじゃないから」
だから俺に言ったのだと言う。
「あの黒葉だか青沼だかってのも同じじゃないの」
意地悪く言ってみると、帝人くんは目を閉じたままうんざりした顔をするというかなり高度な技を披露した。
「僕は僕のことを好きじゃない人にまでこんな事話したりしません」
「…ああ、なるほどね」
俺は今度こそ度肝を抜かれた。
「臨也さんは僕を利用するけど、僕のこと好きでしょう。でも僕のことで傷ついたりはしないでしょう。僕をハメたりもするし、酷いことしたり、泥沼に突っ込んだり、嬉々としてやるけど、僕のこと好きでしょう。でも僕のことで髪の先ほども傷ついたりしないでしょう。
僕、あなたの愛は分かりやすくて好きです」
なるほど、帝人くんだ。俺は抜かれた度肝を掌に載せてこの子供にくれてやりたい気分になった。俺の、分かりやすいらしい愛と一緒に。
「…光栄だね」
「僕は静雄さんに恋してるかもしれませんが、愛してるのはあなたです。あなたも好きな人は沢山いても、愛してるのは僕でしょう」
さも当然のように言う。俺はもう口も利けない。
俺の愛は全人類に向けられている。
その中に特別があるとするなら、という話なんだろう、これは。
それが帝人くんだと、彼は言っている。確信している。そしてそれは限りなく真実に近い。
ぱちっと大きな目が開く。潤んだような黒目が俺を撫でる。
「僕は決してあなたの一番でも唯一でもないけど、あなたの限りなく唯一に近い愛を貰ってる自信はあります」
だから愛してますよ、臨也さん。囁くような声。
「僕のために傷ついてくれなくても、僕のために泣いてくれなくても、だからこそ、僕はあなたの愛が一番嬉しい」
子供のような妖婦のような柔らかな笑み。
そしてそれきり、帝人くんは突っ伏して眠りに落ちた。
俺は目の前でぐっすり眠ってしまった子供を眺めながら考える。
なるほど、愛だ。
俺と彼の愛。
俺と彼の間だけに存在し得る、存在するべき愛。
黒鉛と金剛石ほどに似た俺と彼の間に滴る愛。
彼の陥った泥沼と、彼を陥れた俺の間に引き結ばれる愛。
なるほど、愛なのだろう。
俺は彼の鞄を探って、どうやら手持ちであるらしい睡眠薬の束を抜き取った。夥しい量のサンドマン。
これを無くして彼がどうするかは彼次第だが、恐らく俺の期待通りに動いてくれるだろう。
しばらく彼の目に砂を撒くのは俺の役目にしておきたい。
俺はそっと前髪を掻き分けると、帝人くんの白い額にキスをして、それからそんなことをした己の愚行に顔をしかめて冷えたウーロン茶を飲んだ。
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そして「あのテーブル男の子同士で愛がどーのこーの言ってるわよ」「えっホモの修羅場?」とか店員さんに噂されてるんですよ。