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 空っとぼけてみせると、少年は困った風に笑った。
 「折原さんて、良い人ですね」
 何故か頭から離れない。



 職業は情報屋だけれども、それは副産物により成り立っている生業であって、俺は人間を観察しているだけだ。ときどき手を出す事はあれど、それが一体誰の何にどの程度の影響を与えると言うのだろうか。俺はちょっと指を動かしたに過ぎない。それこそ、キーボードを叩くほどの力で。
 しかし男は、まるで強い風に押されたように柵の向こうへ飛び出して行った。
 午前3時。終電を迎えた街は地下へと息を潜めて、灰色のスーツは深い谷間へ溶けて消える。
 頬に吹き付けるビル風は暗い底から音も匂いも連れてはこなかった。
 俺は双眼鏡から目を離して、見物台として懇意にしている空きビルの屋上を後にした。
 次。



 飽きたなあと思うやり方はそれなりにあって、だからいつも新しい方法を模索している。こちらからレールを敷いてやらなくても、獣道へ突っ込んで行く斬新な人間はいないでもないけれど、皆最後には示し合わせたように死んでいくから、楽しめる期間は短い方が多い。ストレス耐性の無い現代人に嘆いてみる。好きだけど。
 意識の無い人間をスーツケースに詰めた事のある人はどれだけいるのだろうか。それは人を殺した事のある人間よりも多いのだろうか。俺はマジョリティなのか、そうではないのか。
 そんな事をカラオケボックスで考えてみたりする。
 問題はいつだって自分の目の前に横たわっているものだ。
 合成皮に沈む女たちを眺めながら、90年代のCMソングを歌ってみた。
 運び屋を呼ぼう。



 人を殺すなんてとんでもない。
 殺した事なんて無い。
 神に誓っても良い。
 殺したい人間なら一人いるけれど。でも殺していない。
 そこそこ善良な市民だ。税金も納めているし。どっかの化け物と違って公共物を壊すなんて馬鹿な真似はしない。
 人を殺した事は無い。
 でも、あの化け物はいつか殺す。
 俺は殺さないけれど。
 俺は誰も殺さない。
 


 新宿を根城にしているというのに、こうも頻繁に池袋に足を運ぶことになるのは何故なのだろうかと少々皮肉めいた事を考えながら、俺は池袋駅の改札を振り返った。
 休日の駅舎は昼を過ぎて直混雑している。街は来るものを拒まず、去るものを追わず。ただ血管の弁の様に自動改札機のフラップドアを頻繁に羽ばたかせて右へ左へ、内へ外へと人を流していた。
 嫌に明るい青空を仰ぎながら、俺は池袋の雑踏へ身をゆだねた。



 趣味を仕事にしない方が良いとは頻繁に上ってくる言葉だが、しかし、趣味と実益を兼ねる、という言葉の甘美な響きに果たして人間は耐えられるのだろうか。
 今日の仕事を終えた頃には月は高く昇りつつあった。帰宅ラッシュの混沌とした車両は好まないので、もし定時とやらに帰宅時間が被るようなら足を変えるつもりだったが、それも杞憂に終わる。
 夜は夜で賑わう都市を歩きながら、人間の事を考える。
 途方もなく大多数の事を。そうすると、自分が拡散する気がするのだ。そこにいるけれど、そこにはいない、神様みたいな。一部が全てで、一つが一部な、そんな神だ。
 肥大化した意識は何処までいくことが出来るのだろうか。
 どれだけの全てを手中に収めれば、神と呼ばれるのだろう。
 そもそも、神はどれだけの何を手に入れる事ができるのだろう。
 あてどない事を考えながら、それでも足は駅を目指した。
 街路灯の少ない道に入ると、駅の近くだと言うのに途端に人気が無くなった。
 この錆びれた空気は何だろうかと考えて、最近自殺の名所になりつつある場所だと思いあたる。主に自分のせいで。
 薄暗い道の、さらに深い路地から談笑が聞こえて、俺はコートのポケットに入ったナイフを布地の上から撫でた。
 「うわーマジなんも入ってねー」
 「見ろよこれ、マジックテープ!支払いは俺に任せろー」
 「やめてー」
 いかにもカラーギャングと言った出で立ちの三人の男が談笑しながら建築物の細い間を出てくる。
 肩を並べて歩く彼らの視線は中央にいる男の手元、青い財布に注がれていた。
 「どーすんよ?小銭しか入ってないし」
 「むしろ何でこれ素直に出さなかったのか謎なんだけど」
 「ポイントカードとかたまってたんじゃね?」
 「ポイントカードとか、ウケるんだけど」
 「……仕方ねえなあ、もう一人やるか」
 目が合った。
 カラーコンタクトを入れた、紫の目が、赤い目が、緑の目が。
 六つの目と、目が合った。
 「お兄さん、ちょっと俺らに援助してよ」
 愚かな若者と、目が合ってしまった。
 愚かで愛しい人間と目が合ってしまった。
 だからと言って、彼らとは何の関係もないけれど。
 けれど、可愛いなあ。好きだよ。
 「あはは。それ俺に言ってるのかな?」
 「はあ?あんた以外いないし」
 「何?ビビってんの?」
 「悪い事言わないからさあ、財布、早く出してくんない?」
 「若いってすばらしいね。活動的で、向う見ずで」
 俺は彼らが出てきた路地の暗闇を見ながら言った。
 「でも過信は良くない。自分だけは大丈夫って思っているから、こんな事になる」
 「何言ってんの?」
 怪訝な顔をした彼らの、隙だらけの体にナイフを滑らせた。
 「あと、君たちに限って無知は罪でなく、禍になるのかな。相手は選ばなくちゃ、ね?」
 「おい、いいかげんに…」
 焦れてズボンのポケットからナイフを取り出した赤い目の男のベルトが切れたのを皮切りに、他の二人のベルトも切れて下着が露わになる。
 「あっは。それってファッションなの?」
 慌ててズボンを引き上げる赤い目の男の無防備な手からナイフを奪って適当に切りつけた。
 「ひ、ひ、ひ……」
 切れた袖を手で押さえながら、男たちは方々へまろびながら駆けて行く。
 刃物を使うのに、刃物で傷つけられた事がなかったのだろうか。
 そんな疑問を抱きながら、俺は彼らの去った後に残された青い財布に目を落とした。
 バリバリーってするやつだ。子供が使うような、くたびれた財布。
 マジックテープの青い財布。見覚えのある財布だ。
 俺は財布を拾うと彼らの出てきた路地へと足を向けた。
 思うに、多分、こんな所でカツアゲに合って易々と財布を奪われるようなセオリー通りの人間は彼ぐらいなものだ。いや、セオリーなのに彼ぐらい、なのはおかしいか。
 よくあることだと言うのに、俺の頭には何故か一人の少年の顔しか浮かばなかった。
 街灯の光の届かない路地は細く見える空からの月明かりで薄ぼんやりと暗い。その奥にうずくまる闇の濃い場所を見つけて、俺は傍まで寄って声をかけた。
 「帝人君」
 体を丸めて地に伏したまま動かない少年の顔は、やはり名を呼んだ通り竜ヶ峰帝人だった。黒い睫毛の縁が僅かに痙攣する。
 足で小突いてやろうかとも思ったが、薄明かりの下土埃に塗れた制服を見たらなんだか悪い気がしたので、その場にしゃがみ込んで彼の肩を揺すった。何も絶対安静というわけではあるまい。
 「おーいってば、帝人君」
 覚醒する気配の無い、彼の額に出来た凹凸を親指で押してみた。
 「……う……い、た」
作品名:いいひと 作家名:東山