比翼連理 〜外伝〜
GOLDEN RING-金環食-
おまえの口唇に触れるのを 恥らう透明な光の滴
おまえは戦場の中 穂先が黄金に煌めくかのようだった
わたしは おまえを見ていた
「......あれは何者か?」
一際美しく輝きを発しながら、雄々しく舞い狂う殺戮者の姿を見咎めて、ふと漏れ出た言葉。
傍にいた闇を纏う己とは正反対に光を纏った弟、ゼウスが緩く笑みを浮かべながら答える。
「あれは太古の神の一つ......夜の一族が一神、眠りの神ヒュプノス。双子の死の神タナトスもあそこにいる」
すっと伸ばされた指先には一分の狂いもなく同じ姿をする者がいた。それは見事な銀色の輝きを放ちながら、周囲を紅色に染め上げている。
「金と銀の双子、か」
「気に入ったのか?夜の一族の中でも最も輝いておるな。おまえの冥界を飾るにはふさわしい者たちかもしれぬな」
そよぐ風に黒髪を靡かせながら、静かに瞳を差し向けているとゼウスは笑みを零しながらいった。
「―――あれらを貰い受ける」
静かに告げられた言葉。
言うが早いか漆黒の翼を広げ、新古の神々が繰り広げる戦場へと飛び立っていった。
「まったく。こうと決めた時のあの素早さだけは我も敵わぬな」
闇色に輝く翼を煌めかせ、黄金に輝く者の前に舞い降りていく兄、ハーデスの姿を見送りながら、ゼウスは呟いた。
―――目の前から光が奪われた。
そう思った瞬間、己の肩口に激痛が走った。闇の翼を広げ、己を組み敷く者の姿にヒュプノスは舌打ちする。新勢力として目覚ましい成長を遂げているオリュンポスの神々の一柱か。
己を剣で串刺し、漆黒に艶めく髪を靡かせる、美しく洗練された姿と強大な力を持つ神をヒュプノスは黄金の瞳で睨みつけた。
傲慢な支配欲を持つオリュンポスの神々に対し、反感を持つ者たちも多かった。太古から存在する神々が粛清を与えんがために決起した。
雑魚たちは片付けたが、その権力の中心にいる神々は一向に姿を見せなかった。
きっと我らの働きに恐れ戦き、逃げ帰ったのだろうと思っていた。
突如、現れた若き力にこうも簡単に打ち崩されるとは......。
己を嘲笑うしかない。
「余の元に参れ」
唐突に告げられた言葉に黄金の瞳が揺れた。
「何を―――くっ!」
己の肩口を貫く刃に再びの力が込められ、全身へと痛みが走る。闇が侵食するかのように、じわりじわりと追い詰められていく。
「我が名はハーデス。冥府の王。眠りの神ヒュプノスよ、答えよ......是か、否か」
「―――我は何者にも支配されぬ!」
ぎりと奥歯を噛み締めながら、痛みを堪える。刃先から伝わる虚無の闇の意思。
滅びへの序曲が聴こえた。静かな玉響の光を宿した瞳が己を捉えた。
―――天空に輝く光が、闇に呑み込まれて行く。
夜の一族でさえも、これほど深い闇を抱えている者はいない。
夜の一族ならば焦がれ、求める闇。
これほどの美しき闇を持つ者はいない。
月に隠されながらも、わずかばかりの光を放つ太陽のように、惹かれる魂を押し隠し、最後の矜持でもって伝える。
「いつか、必ずや寝首を斯いてやろう―――ハーデスよ。そのことを努々忘れるでないぞ!」
「甘美なる答えだ」
与える苦痛の余韻に浸るかのように冷たい微笑を浮かべながら、ズズッと剣を引き抜いていく。
「おまえはすでに余の一部となった。眠りの神よ。そして、おまえの片翼もまた然り。余の膝元においてそなたたちの自由は約束しよう」
掌が額に翳され、熱を感じる。
施された烙印が額に輝いた。
差し伸べられた白き手を見つめる。
抗うことなどできはしない。
魂からすべてを支配されたのだから。
いいや......違う。
支配されたわけではないのだろう。
ただ、囚われた。
その静かなる闇に。
我が身は闇に抱かれたのだ。
Fin.