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比翼連理=Fobidden Fruit=

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 不快な感情がじくじくと胸のうちで燻り続ける。大きな窓から見える、仄冥い世界。
 永遠に変わることのない景色なのだろうか......そんなことを思いながら、シャカは遠くを眺め見た。

 ―――地上は移ろい行く世界。

 ただの一時も同じ景色を写さない。破壊と創造が繰り返される。そよぐ風と溢れる光に満ちている。

 ―――恋しいのだろうか?

 そう思った刹那、すいと目の前に現れたのは背後から音もなく伸ばされた手。その手の中には不思議な色合いを放つ、薫り高い花があった。
「これは......?」
「―――その昔、よく贈ったものだ。おまえにも贈ろう、シャカ。おまえにすれば、刹那の命を摘み取る私は赦し難い存在かもしれぬ。だが、おまえには赦されたい......」
 背後に音もなく現われたハーデス。振り返って真正面に向き合うと、彼は手の中の花を愛でるように指先で優しく触れた。
「ハーデス?」
 真意を掴みかねて困惑したようにハーデスを見ると、ハーデスは瞳を伏せ、静かに言葉を紡ぎ出した。
「シャカよ。余は...私は...冥界の王であるとともにひとりの男でもある。美しく破壊的な引力に惹かれ続ける愚かな男だ。そんな私の悲しみと闇に満ちた心をあまねく光で導いたのはシャカ、おまえだ。私はおまえの光に......言葉に救われたのだ。私が希うのはペルセフォネよりも、むしろおまえの光なのかもしれない」
 祈りにも似たハーデスの静かな声を受け止めながら、そっとシャカの前に差し出された花に手を伸ばす。透明な音を伴うように花弁がシャカの手の中で小さく揺れ、煌めいた。
「ハーデス。いまだ私はおまえのことをよくわからないでいる。ただ、おまえの闇が濃く深いものだということも、満ちる悲しみにもがき苦しんでいたこともわかる。だが、どうすれば良いのかわからぬ。戸惑うばかり......だ」
 そう云ったシャカをふうわりと包み込むようにハーデスは抱き締めた。
「無用な言葉は誤解を生む。ならば、直接に確かめたほうが早い......」
「ま......待っ......」

 跳ね上がる心臓。

 加速する血流は波のようにザンと鼓膜に打ち付けた。
 甘い衝撃が全身へと波紋のように広がっていく。
 不協和音を奏でていた心音が、やがてひとつに重なっていく。
 
 膝が震え、目が眩んだ。何か支えがなければ、その場で崩れ落ちてしまいそうだった。支えを求めて背中へと回した指先が天鵞絨の法衣に縋りつく。
 ハーデスもまた、支えを与えるようにその身を抱く。闇の腕(かいな)に抱かれながら、より一層、深いものとなる。


「―――言葉よりも。何よりも。確かな答えが、今、ここにある」
 そっと離れた唇が耳元に寄せられ、小さく頷きを返すようにその肩に埋もれながら、囁きを耳にする。己を抱く冥王の指先から僅かな震えを感じるとともに、シャカ自身の指先もまた小さく震えていた。
「泡沫のように脆く、危うい夢を一日千秋の想いで願い続けた。その肌に口づけることができたなら......その肌に我が身を重ねることができたなら......身も心も一つに溶け合うことができたなら、と」
 肩に預けたままの頭を撫で、そっと触れたその場所にくちづけるハーデス。
 優しすぎるその仕種にどう反応すべきなのか、わからなかった。
「私は...おまえの心に...願いに、果たして応えられるのかどうか...わからぬ。おおよそ愛情などというものとは縁のない日々を過ごしてきた。おまえの求めに対し、無情で冷淡な反応しかできぬだろう」
 身じろぐこともできず、ただハーデスに身体を傾けている己。
 幼き頃から“無”であり続けてきた。
 すべての感情を抑制することを叩き込んだ精神に対し、豊かな感情を......深い愛情を突きつけられて為すすべもなく、惑うばかりなのだ。すべての価値観を一変させねばならぬ苦痛に、もがき苦しんでさえもいる。
「余は...おまえという人間は感情というものに対して希薄ではあると思うが、まったく冷淡なわけではないと思っている。寧ろ過剰、過敏に反応してしまうゆえの自己防衛から、情を遮断していたのだろうと思っておる。風も凪ぐ時ばかりではあるまい。優しく花々を撫でる時もあれば、花弁を散らせる時もある。心もまた等しくある...神も、人間も豊かな感情を持っている...おまえの中にも。少しずつでよい、シャカ。余はおまえはおまえでありながら、私を受け入れているのだということがわかっただけで良いのだ。心底、嫌悪しているならば斯様な戯れも赦すおまえではないであろう。いつぞやのように身の内から嫌悪し、拒絶するはずであろうからな。幾万夜余り、待ち続けたのだ。今更焦りはせぬ」
 そう云ったのち、離れようとしたハーデスの法衣を掴んだ。驚いたようにハーデスがシャカを見る。シャカ自身、内心、驚いていた。
 何故そんなことをしてしまったのだろうと思いつつも、法衣を掴んだ手は己の意思に反するかのように、より強く掴んだままだった。
「―――それでは不公平ではないか」
 己の口から出た言葉にもまた、自ら驚嘆する始末である。
 
 ―――ああ、私は何を言っているのだろう。

「不公平?」
 異なことを言うとでも云わんばかりに、片方の眉を上げるハーデスにシャカは食い下がる。
「そうだ。想う気持ちが強いほうが、より幸も不幸も大きい―――僅かなことでさえも幸に感じることができるのがおまえだけでは不公平だというのだ」
「面白いことをいう......」
 困ったようにハーデスはシャカを見ながらも、法衣を掴んで離そうとしない手を絡め取ると、頬に導いた。ハーデスの頬に宛がわれた指先から伝わってくる感覚は、ひんやりと滑らかなものだった。
「ならば、シャカよ......余だけを想い、余だけを見つめよ。さすれば、余が感じた喜びも悲しみもおまえのものとなり、いつしか余を凌ぐ日も来るやもしれぬ......余に勝る想いを抱くまでには中々に至らぬであろうがな」
 フッと軽口を叩くように笑んでみせたハーデスにシャカは挑戦的な眼差しを向けた。
「そんなことはわからぬぞ?おまえが柩の中に逃げても、暴きに行くやもしれぬ」
「その日が来るのを楽しみに待っておるわ」
 にやりと底意地の悪い笑顔を向けるハーデスに、シャカもまた、口端をゆるく上げた。



 ハーデスが苦しみ、悲しみ、愛しんできた時間を超えることはできなくとも、その味を知ることはできるだろう。

 ―――ハーデスという禁断の果実を......私は喰らう。

 己の口中に広がるのは青く苦みばしった味なのだろうか?
 それとも、甘く蕩ける味なのだろうか......?
 それはまだ、わからないけれども。
 私は......少しずつ、味わっていきたい―――。


 手の中にある小さな花の命を感じながら、シャカは穏やかな闇の懐に、心ごと抱き締められていった。




Fin.
作品名:比翼連理=Fobidden Fruit= 作家名:千珠