二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

私の好きな人

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

それからの時間は、嵐としか言いようがなかった。身体が引き裂かれると、本気で思った。兎に角痛みから逃れたくて何とか別の事を考えようと、そういえば前田さんの所の知子ちゃんがくれたクッキーをまだ食べていなかったとか、教会の裏に咲いていた綺麗な花を入口の花壇に移し替えたいって八尾さんが言っていたとか、とにかく思いつく限りの色々な事を考えて何とかそういうもので頭の中をいっぱいにしようと努める。だってそうでもしなきゃ、本当に壊れてしまう。宮田さんはいったい何を考えているのだろう。私には彼を抱き締める柔らかな乳房も無ければ、彼を包み込む子宮も無いのに。
「帰られるのでしたら、お送りしますよ」
「いえ、そんなお気遣い頂かなくても…」
「散歩がてら送りますよ。たまにはこういうのも悪くない」
 さっさと家を出て行こうとする宮田に、慌ててついて行く。車を出してくれるのかと思ったら、どうやら歩くつもりらしい。そういえばあの日も送ってもらった。散々に痛めつけられて啜り泣く牧野の身体を拭き清めると、先ほどまでの荒々しさがまるで嘘のように車まで優しく連れて行ってくれた。家に着いてもまともに立つ事すら出来ない自分を気遣って、身体を支えてくれた。自分の匂いが染みついた布団に包まって、ようやく身体の力が抜ける。宮田の長い指が牧野の髪を梳いた。中々泣き止まない子供を慰めるように、何度も何度も。不思議な安堵感が牧野を包んだ。牧野に無体を強いた酷い手なのに、縋り付きたくなるような優しさがあった。あの手が、骨が折れる位強く腕を握りしめた。あの手が、息が出来ない位首を締め上げた。あの手が、身体の至る所を触った。あの手が、誰にも触れられた事の無い所を暴いた。あの手が、今は牧野の髪を優しく撫でている。
 自分はどうしようも無いくらい馬鹿なのだと思う。あんな酷い事をされて、普通なら嫌いになっても可笑しくないのに、それでも牧野は宮田を嫌いになれないと思った。自分の何が彼をあそこまで激昂させたのかは未だに分からないけれど、それでも嫌いになれない。きっと八尾は怒るだろう。あの優しい求導女を少しも困らせたく無いのに、まるで今まで無かった反抗期が今頃になってやってきたみたいだ。かさついた指が睫毛の縁をなぞるのに合わせて目を閉じる。久しぶりに夢も見ないで眠った。次の日起きたら宮田はもういなかった。

外に出ると朝の空気の冷たさにくしゃみが出た。前を歩く宮田が小さく笑う。いつもなら後ろを歩く牧野を気にした風も無く、すたすたと行ってしまう宮田の歩調が今日は緩やかだ。身体を庇ってそろりとしか歩けない牧野のペースに合わせてくれているらしい。   
 あの日から、宮田はほんの少しだけ牧野に優しくなった。相変わらず口数は少なかったけれど、二人で潜り込んだ布団の中で、寝物語のようにぽつりぽつりと牧野の知らない宮田の事を教えてくれた。それが全てでは無いだろうし、語られない事の方が多いのだろうけれど、それでもそれを嬉しいと思う自分はやはり馬鹿なのだ。
 見返りと称して始まったこの関係が、間違っている事くらい分かっている。男の、それも血の繋がった弟と寝る自分は酷く浅ましい。処女性、綺麗であること、それに価値が無いとは思わないけれど、所詮は男の身体だ。そして自分は、確かにこの前を行く男に肉親には持ちえない感情を抱いている。これは恋だ。いい歳をした大人が、幼い少女のように恋をしている。余りにも滑稽な自分の姿に自嘲の笑みが漏れるけれど、今や牧野を恋という一神教が支配していた。
「牧野さん」
 不意に振り返った宮田が、手を差し出した。意味が分からず首を傾げる牧野を、無表情で見ている。以前石田が「美人の無表情は怖い」と嘆いていたけれど(一体何をしでかしたのだろう)、どうやらそれは宮田にも当てはまるらしい。宮田に恋をしていると自覚している牧野だけれど、どうにもこの無表情は苦手だ。条件反射的に怯えてしまう。動かない牧野に焦れたのか、唐突に手を握られた。身体が着いていかず、踏鞴を踏んでしまう。
「宮田さん…?」
「困るんでしょう?」
「はい?」
「求導女様に心配させたら困るのでしょう。それに顔色も悪い。無理をさせた俺が言うのも何ですが、今日はゆっくり休養する事をお奨めしますよ。貴方は村の大事な求導師様だ。貴方が倒れでもしたら、それこそお優しい求導女様はさぞかし心配なさるでしょうね」
 口調には棘があるが、どうやら道端で倒れたりしないよう手を引いてくれるつもりらしい。分かりづらい宮田の優しさに、思わず笑みが零れた。そしてほんの少しだけ自分を可哀そうだと思った。どれだけ宮田の事が好きでも、彼と共に未来を歩いて行けない自分を。
 宮田と恋する女の子も幸せだ。良い男だし、きっと彼を好きになる女の子は彼のどんな所も丸ごと愛してくれるだろう。それにそもそも彼と恋が出来るくらい可愛く生まれた事が幸せだ。彼と別れる事になっても、次の恋が直ぐに待っている。男は貴女達を放っておかないよ。でも私は?
 朝靄に濡れる道を、宮田と手を繋いで歩く。道は白く光ってもうよく見えない。ただ前をゆく宮田の背中が見えるだけだ。意地悪で野蛮で、でも時々優しい、彼は私の好きな人。
作品名:私の好きな人 作家名:スカ