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比翼連理 〜 緋天滄溟 〜

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「面白い。私も色々なものを見てきたが、このようなタイプの次元は初めてだ。いや……ここは次元の狭間とでもいうべき場所か」
 限界まで張られた糸のように何かの拍子でプッツリと切れてしまいそうな、積み上げられたトランプがほんの一息で崩れてしまうような不安定な場所。
 ほんの少しの油断によって永遠に彷徨い続けることになるだろう、その次元の狭間を慎重に、だが大胆にシャカは足を踏み入れた。
「時の罠……忘却の彼方。そんなところだ、ここは」
 感心とも呆れともつかぬように言い放ち、くるりと背を向け進んでいくアーレス。
「冥界にも似たようなものがあると聞いたが」
「レーテの河か。人間の記憶はあの程度で充分であろう。ここは……我ら神の記憶さえも朧と化すほどの危険な場所。誰も近づくことを許さぬ禁断の地だ」
「―――油断すれば、私は何も覚えておらぬというわけか」
「ハッ!人間の記憶と神々の記憶が同じものだと思っているのか?おまえごとき、姿形も留めること叶わぬであろうな……精々、心して進むがいいだろう」
 それ以降、一言も語らないまま黙々と進むアーレスの後を追っていくと濃い霧がわずかに薄まった場所へと辿りついた。
 静寂が耳に痛いほどのその場所は、晴れては深まる霧でぴったりと蓋で覆われているようなところだった。しっとりと肌に衣が張り付くほどの湿気が不快さを増すのに耐えながら、微かに感じ取ったハーデスの小宇宙の片鱗。
 僅かにシャカが気を取られた瞬間だった。
 シャカの手からハーデスの愛剣が鞘から抜き取られ、その白い首筋にはぴたりと押し当てられていた。
「―――心しろ、と忠告はしたはずだ」
 なんの感慨もない、まるでここを覆う霧のような声。ひんやりと伝わる剣の冷たさ。
 それらを受け止めながらシャカは静かに答えた。
「―――私を殺すことが目的ならば、なぜこのようなまどろっこしい真似をするのかね?私が貴様の領地に足を踏み入れたその時にでも命を奪うことができたはず」
 押し当てられた切っ先から零れ落ちる殺意を感じ取りながら、疑問をぶつける。
「おまえを殺すことが目的ではないからだ」
「では……何が―――っ!」
 スッと鮮やかに引かれた剣は雪肌に赤い線を描いた。と同時に吹き出る鮮血。咄嗟に手を宛がい止血をしかけたシャカに再び鋭い切っ先が腹部を貫いた。
「ぐ…っ……」
「忘れ去られる者が知る必要はない。やはり、誉れ高き剣だ。素晴らしく切れ味が鋭い。斬っている感覚がない……その首を刎ねれば少しはこの手元に伝わるか?それとも生皮を剥いでやろうか?」
「き…さま……」
 よろりと身体を傾けたシャカは白い絹を鮮やかに赤く染め上げながら拳をアーレスへと向けようとしたが、振り上げた拳を空中で掴まれた。
 ずるりと一度引き抜かれた剣は再び、勢いをもって腹部の奥深くまで貫いた。
 まるで、剣が嬉々として生気を吸い上げているかのような感覚。失った半身を取り戻すかのように、それは容赦のない吸引力だった。
「ああ……っ」
 膝落ちることも許されず、片腕に全体重をかけるかのように崩れながら、シャカの耳に残酷な笑いが耳に届く。
「ただの人間。ちっぽけな存在……こんなにも脆弱な者を守ろうとしていたとは。くだらない。じつに、くだらぬことだ。そんな価値など、おまえにありはしない」
 震える指先をやっとの思いで掴んだアーレスの貌。かろうじて掛かった指先に力を込めて引き剥がす『虚偽』の仮面。ゆっくりと剥がれ落ちていくアーレスの残酷な仮面の下から、浮かび上がった真実の貌をシャカは凝視した。

―――美しい素顔。だが……!

 シャカの目に映りこんだアーレス。
 翡翠に輝いていたはずの瞳は流れ落ちる血よりも赤く染まっていた。禍々しいまでに夜空に輝く赤き星のように。その美貌が今は何よりも醜く歪んでいることに気付いた時、シャカの視界は真白の闇に遮られた。
「何ともあっけないものだ……物足りぬ」
 足元で崩れ落ちたシャカを眇めながら、アーレスはフンと小さく鼻を鳴らすと露払いをした剣を鞘に収める。

 ―――これで、父の元に力が集結することはなくなった。
 あとは……この剣をあの男の元に届けてやればいい。

 赤く染まる景色を見つめながら、それを媒介にして何かを夢見るように瞳を泳がせたアーレス。
「緋天の中の漆黒。とても情熱的な風景であるとは思わないか?」
 陶酔した声を降らせながら、だくだくと留まる事無く流れる赤い液体に身を沈めるシャカの髪を撫でた。ぴくりと指先が小さく引き攣れた様に動くのを見てとり、わずかに眉を顰めると剣呑な雰囲気を纏う。
「さて、おまえに残された価値。ちょろちょろと動き回っている目障りな鼠の餌ぐらいにはなるだろう。ククッ」
 煌めく金の影が揺らめき、その場から忽然と姿を消したアーレス。後に残されたのは静けさのみ。白い霧が立ち込め、今まさにシャカを濃霧の中へと飲み込みかけた時、するりと伸びた腕が引き止めた。

「―――鼠とは。言ってくれるじゃないか、アーレス。だったら、思い切り噛み付いてやるさ。“彼”のためにも……ね」

 柔和な微笑を浮かべ、苦悶に歪むシャカを抱え上げる。柔らかな陽光を身に纏う影が薄く唇を吊り上げた。
「君が……"君たち"が辿るべき道はどこへ続いているんだろう?その先さえも“彼”には視えていたんだろうね、たぶん。だから、ここに僕はいるのだろう……どうでもいいことだね?それは。さぁ、ぐずぐずしていると、真剣に君も僕も危ないな」
 仄かに温もりを届ける冬の太陽のような微笑を差し向けたその者は、だらりと力ない身体を抱きすくめると差し迫る白い霧から逃れるように、一陣の風とともに立ち去った。