二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

比翼連理 〜 緋天滄溟 〜

INDEX|30ページ/36ページ|

次のページ前のページ
 


「―――半分は諦めておったが。ようやく、余の元に戻ったか」
 薄いヴェールの奥からひしひしと伝わる脅威の力、威圧感を受けながら、そっと供物を差し出すようにタナトスはシャカを横たえた。
 ゆっくりと玉座から立ち上がり、徐々にその姿が明らかとなる。不思議なことにタナトスは一度もゼウスの姿を目にする機会がなかった。天界での争いにおいても、結局一度たりとてその姿を目撃することのないまま冥界に赴いたのもあるし、滅多に冥界から出て行かぬ主が天界に赴く時も大体はヒュプノスが供をしていたというのもある。
 ヒュプノスの談によれば「忌々しいこと限りない」というものだったが。
「なるほどな……」
 思わず、ゼウスの姿を見てそう呟いた。姿かたちはどこか冥王に似ていた。だが、明確に違いをみせる、その黄金に輝く髪と深い紫紺の瞳。頂点に立ちながら、なおもしがみつこうとする軽薄さや傲慢さがその身から滲み出ているようにも感じ取れた。
 じっとシャカを検分するゼウスがその指を伸ばし、つとシャカの頬を撫でた。
「間違いはないようだな。しかし、よくこの場へ連れて来くることが出来たものだ。タナトス……そちはハーデスの飼い犬ではなかったか?おまえの主は決してこのようなことを許しはしまいだろうに。まぁ……余がそちの身の安全くらいは保障するが」
「丁重に断る」
「フッ。可愛げのない死神よの……媚びることを知らぬとみえる。ああ、でも安心するがいい。最愛の我が子がおまえを守るだろうからな」
 キンッとゼウスの指先が光り輝いた。その目映い光に目を眩ませながら、忌々しそうにタナトスは吐き捨てた。
「意思無き者が俺を守る?とんだ戯け事だな。それと……一つ忠告しておくが」
「なんじゃ?」
 指先から毀れた光は見る間に掌大となり、どんどん膨らみを増していく。
 うっとりとその光を愛でながら、さして興味もなさそうにゼウスは問い返した。
「その人間は、その力を破壊するつもりらしい」
「ほぅ……?それは頼もしい限り。だが、それは叶うまい。人間の自我など、たかが知れている。ほら喜びに輝き満ちた我が子の光。我が願いを叶えたいと勇んでおるわ」
 あっけないほどにシャカの身体の中へと溶けていく光を銀色の瞳でタナトスは見つめた。
 微かにも動きをみせないシャカ。
 息遣いでさえもむしろ穏やかに見える。
 その身の内で一体どのような戦いが繰り広げられているのか。傍から見る限り、まったく想像もつかなかった。やがてその肉体が変化していることに気付く。血の気を失していた青白い肌にうっすらと赤みが差していた。
 肉体の死は回避されたのだろう。意思無き者の器として。
 だが、精神の死は?
「さぁ……両の眼を開くがよい。しかと世界を見定めよ」
 誘われるままに瞳を開き、身体を起こしたシャカはゼウスの手を取り立ち上がった。
「やはり駄目だった……か」
 人が神の力を超越することなど不可能なのだろう。判りきったことだったにもかかわらず、どこかで淡い期待を寄せていたらしい。自嘲気味にタナトスは呟くのだった。
「―――いいや、タナトス。破壊せずとも……私は私として在れた」
「なっ!?」
 絶句し、驚愕の眼差しを向けるゼウスの手を振り払い、まるで羽でも生えたかのように軽やかに跳躍したシャカはタナトスの横に並んだ。
「ゼウスよ、あなたは見縊りすぎた。ペルセフォネを、プロメテウスを。そして、私を……人間を」
「!?」
 増幅していく小宇宙の気配にタナトスの心が奮えた。心地よいばかりの破壊の調べが響き渡る。
「罪深き神よ……気高きペルセフォネの想いを知るがいい。強きプロメテウスの想いをその身に受けるがいい……ただ一度、哀しきふたりのために―――この力を揮おう!」



「随分と派手にやられたようだな……ゼウス」
「フッ。ハーデスか……すべてをわかっているようだが。今更、何しに来た?愛し子を奪われ、人間ごときに屈した余を笑いにでも来たのか。それとも余に代わって天の玉座に座るか?それもいいだろう。そなたならば誰も異を唱えるまい」
 投げやりともいえるその態度に微かに笑みを浮かべながら、ハーデスは「興味はない」とだけ告げると、その腕に抱いていたゼウスの寵児を渡す。穏やかな眠りについていた。
「―――アーレス、愚かな息子。欲してはならぬものを望んで……手に入れることなど叶わないと判っていながら。愚かで、憐れで……可愛いものだ。まるで余自身だ。深き眠りの中で何を夢見ているのかさえ、手に取るようにわかる」
「ヒュプノスの深き眠りが施してある。当分の間は目覚めまい。尤も、神々の時で示すならば、瞬く間であろう」
「―――さもあらん」
 では、と立ち去ろうとするハーデスに「兄者よ」とゼウスが呼び止めた。久方ぶりにそう呼ばれたものだと、ハーデスは感慨深げにゼウスを見た。
「健闘を祈る」
 うっすらと口元を緩めて、再びきゅっと固く唇を結んだのちハーデスは黒き翼を広げた。