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比翼連理 〜 緋天滄溟 〜

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 ―――勝負は初めからついているようなものだ。

 アレクサンドライトのように光の加減で深紅の紅玉にも深緑の翡翠にも見える瞳で両者を見比べながら、深いところで笑った。
 絢爛の金と荘厳の黒が醸し出す重苦しい空気に満たされたまま、沈黙の時が無駄に過ぎていく。
「……一向に話が進まぬようですが」
 冷たい沈黙の中、溜息交じりでようやく口を差し挟んだアーレスは両者を見比べながら、如何したものかと思案顔を浮かべてみせた。
「もとはハーデスにくれてやったものを今更になって返せというのも……些か意地が汚きもの。しかし、アテナがこちらに対して明確に敵対意思を持っているにもかかわらず、ハーデスがアテナの聖闘士を庇護しているというのも面白くない。たとえ、ハーデス……あなたに敵意がないとしても、我らはアテナと同類であるとみなす。あなたの庇護にあるその人間の『聖闘士』という地位を剥奪することもできたはず。だが、あなたが敢えてそうしなかったのは何らかの意図があってのことに違いないと。そうですよね?父上」
 意味深な視線を両者に送る。
 ゼウスは何らかの意図を読み取ったのか、「うむ」と大きく頷き返した。ハーデスは僅かに困惑した表情を浮かべるだけに留まっていた。
 内心ではしたり顔を浮かべながら、表面には出さず、あくまでも“友”と“父”の諍いに心を痛めているかのように苦悩の表情をアーレスは浮かべてみせると、重く閉ざされていたハーデスの口がようやく開いた。
「―――余に他意はない」
 繰り返すハーデスに「尤もだ」と頷きながらも、次の一手を加える。
「天界の威に関わること。たとえ、あなたに他意がなくとも。揺らぐことがあってはならぬ力が、プロメテウスの災禍により綻びが生じた。地や海が動き出す前に我らの力を誇示しておかなければならぬ。争いは私が最も得意とするものだ。力で捩じ伏せ、示すことも容易にできるが……地や海はいざしらず、古来より盟友であるあなたとの……四軍きっての力を兼ね備える冥界との争いを望んでいるわけではない。双方甚大な損害となるであろうし。それはハーデス、あなたも同じだろう。天と冥、合わせ鏡のようなふたつの世界が争うことは最も避けたいことのはず。”聖域”と称する裏切り者のアテナたちとのままごとのような戦とはワケが違う」
「アーレスの言うとおり。ここには大事とする者もいるであろう?たとえば―――姉上、とか」
 血も凍るような眼差しを向けながら、優雅な笑みを口元に湛えるゼウスに静かな怒りの火を灯したハーデスの瞳が射る様に向けられた。
「ならば―――」
 ゼウスに一瞬だけ目を遣るとアーレスは身体を寄せ、そっとハーデスの耳元で囁いた。
「アテナの聖闘士を差し出せぬ、というのならば、負うべき責めをあなた自身が受けるべき……かと」
 聞き届けたハーデスは長い睫毛をゆっくりと下げ、静かに閉じ、形の良い唇はキュッと真一文字に引き締める。
「いかがでしょう?ハーデス自身に贖罪させるという案は。不可侵の冥界の主であっても父上の意に逆らえば罰を受ける。そのことを知らしめれば、天の威は削がれることはありますまい。それで、父上の腹の虫も少しは納まるのでは?それとも父上はその花器とやらをよほど手に入れたいご事情でもあるのでしょうか?」
 ハーデスから離れ、極上の笑みをゼウスに向けるとハーデス同様にゼウスもまた瞳を閉じて物思いに耽った。

 ―――同じ腹から生まれし兄弟……か。

 冷ややかな眼差しでアーレスは眺めた。
 折衷案にふたりが納得はいかずとも、どうにか折り合いをつけようと思案している様は傍から見れば滑稽なものだった。

 権力の頂点にいるゼウスとハーデス。

 互いに力を認め合い、結託しつつも牽制しあってきたふたりだからこそ、譲れぬものもあるのだろう。
どちらも二の足を踏みつつ、手を伸ばそうとしている……手を伸ばさずにはいられないはずだと密やかに嗤いながら、平和へ導くふりをして、争いの火種を落とす。
 ハーデスにすれば友の言葉は重く、ゼウスにすれば息子の言葉は深い。

 ―――さぁ、手を伸ばせ。

 燻る火種に息を吹きかけるようにアーレスは口角をゆうるりと吊り上げ、猛々しい光が灯り始めたアレクサンドライトの瞳をそっと伏せた。