続・例えばそういう恋の話
自分の性格と趣味の悪さに辟易する。
結局は、打算でしかないじゃないか。
左近は溜息をついて伏せていた顔を上げる。
眼前に、面白そうに覗き込んでいる空色の双眸があった。
ああ、いつ見ても綺麗だな。
左近は暫くぼんやりとその双眸を眺めていて。
「…………っっっ!!???」
驚きに体勢を崩してその場に尻餅をつく。
「…っ、何してんですか、あんた」
「…わしが聞きたいところじゃわい」
しゃがみ込んでいた左近を覗き込むようにしゃがんでいた伏犠が笑う。
この仙人と来た日には本当に一切人の気配がしない。
せめて声をかけてくれ。
喉元まで言葉が出かかったものの、言ったところで聞く耳は持たないのだろう。
いつもこうだ。
いつもこうして俺を振り回すだけ振り回して。
嫌ってもいい相手だったはずだ。
少なくとも俺の生きた時代には何の縁もゆかりもない相手だ。
このおかしな世界に来たといってもこの仙人にわざわざ付き合ってやる義理も何もない。
嫌ってもいい相手のはずだ。
けれどこれだけ振り回されて尚、嫌いじゃないと思えるのは。
その傍らが、随分と居心地が良かったからだ。
ああ、そういえばそうだった。
本当に困ったとき、側に誰かいて欲しいとき。
まるで吹き抜ける風のように、降り注ぐ陽の光のように、何の押し付けがましさもなく自然にそこにいてくれたのは誰だったか。
あまりに自然すぎてそれを当然のように受け入れていた。
しかしそれを当然と思う方が、余程おこがましいのだろう。
例えば同じ事を自分が誰かにするとすれば。
その行動の元になる感情は。
……愛されてるな、俺は。
人の感覚とは違うのかもしれない。
けれど、仙人とはいえ元は人。あるいは、人の元となった者。
ならばそうした行動も感情もまったくの見当違いということもないだろう。
だとすれば。
だとすれば後は、この不義を貫く覚悟ができるかどうか、なのだろう。
左近は憮然とした面持ちのまま腕を伸ばし、未だにしゃがみこんだままの伏犠の襟元を掴んでそのままぐい、と引き寄せる。
予想外の行動に体勢を崩した伏犠は座り込んだ左近の上に倒れこむことになる。鎧同士がぶつかって見た目に見合った派手な音を立てる。
「…何事じゃ?」
「いいえ?何も」
左近は自分の胴のあたりから見上げてくる伏犠の両頬に両手を添えて引き寄せ、唇を重ねてやった。
啄むような口付けに伏犠の方が驚いて目を瞬かせるのを見れば、勝った、とばかりににやりと笑って。
「…ねえ、伏犠さん。一緒に昼飯でも食いましょうか?」
「? 元よりそのつもりじゃが…」
「ええ。知ってます」
怪訝な顔をする伏犠の顔を眺めてもう一度口付ければ、呆れたような、諦めのような溜息の後に引き寄せられる。
唇と頬と顎とに落とされる口付けは思った以上に擽ったく、左近は思わず伏犠の顎を掌で押し退ける。
「それちょっと擽ったいんで、今は勘弁して下さいよ」
それから、少しばかり考えこんだ後に、心底いいことを思いついたと言わんばかりの笑顔を見せる。
「殿から仕事言いつけられてんですけどね。ねえ伏犠さん、ちょいと手伝ってくださいよ」
誘っているかと思えば拒絶する。拒絶したかと思えばどこか甘えるような事を言う。
くるくると態度の変わる左近に伏犠がまた目を瞬かせて。
「…手伝ってくれたら早く終わるんで。そっから続き、しましょ?」
そんな伏犠に左近は顔を寄せて囁いてみる。
伏犠は暫く呆気に取られた後に、これは敵わん、と豪快に笑い出した。
この仙人を手玉にとることの、なんと楽しいことか。
もしかすればこちらが手玉に取られているのかもしれないが。
それでいい。
恋なんて、つまりは、そんなものだ。
わかったわかったと笑いながら承諾する伏犠に、左近は満足そうな笑顔を見せるのだった。
俺の心はここにはない。
好きにはなれない。何の想いも返せない。
けれど、これほど愛してくれるんだ。
ちょっとぐらいならいいでしょう?
ほんの少しだけ、恋をするぐらい。
ねえ、カミサマ?
作品名:続・例えばそういう恋の話 作家名:諸星JIN(旧:mo6)