続・例えばそういう恋の話
「現在戦に出ている者は本能寺に関羽、徐晃、謙信殿。関ヶ原に典韋、袁紹殿、周泰。
本日は改変後の長篠に左慈殿、あやね、ガラシャ。九州に義経、月英、兼続。以上の面子が出立。
また上田城から五右衛門、黄忠、夏侯惇殿が本日帰陣予定となっている。
その他、何か変更または連絡のある者は?」
既に戦に出立している者と今日戦に発つ者と帰陣予定の者。そのメンバーの名前を書きだした告知板を司馬懿がばん、と掌で叩く。
「なければ以上だ。解散!」
その声を最後にその日の朝議は終了となる。
重要な戦の前にはもっと慎重な軍議が重ねられるが、そうした戦がない間の戦力増強についてはこの程度で事足りる。
メンバーを選ぶために各国の君主と軍師は顔を揃えるが、それ以外の者については参加は強制されていない。熱心な者はメンバーの選定から口を出しに来るが、そうでない者は貼り出される告知を眺めるだけで十分だった。
出陣メンバーの貼り出された告知板を前に、朝議から一緒だった主へと目を向ける。
「殿。今日は如何されるんで?」
「今日は秀吉様の供で領地を見回ってくる」
「左様で」
「ああ、お前は来なくていい。秀吉様の前で小言など言われたら敵わん」
「流石に場所は弁えますよ?」
「どうだか。…それに秀吉様の供は俺だけではない。ぞろぞろとついて回るのも目立ちすぎるだろう」
「はいはい。じゃあ左近は今日はお暇をいただきますかねぇ」
いらん、と片手を振って見せる主に苦笑し、左近は軽く伸びをした手を組んで後頭部へと運び、軽くからかうような口振りで言う。
「誰が休んでいいと言った。兵糧の確認と部隊編成と佐和山の様子はどうなっている」
「全部終わって報告あげてますよ。じゃあ今日は武器弾薬軍馬の確認と手配やっときますが他には?」
「…医薬品の在庫確認と古志城偵察の報告作成もだ」
「了解。じゃあ、お気をつけて」
まるで保護者か何かのような物言いだと三成は鼻白むが、いつものことだと諦めでもしたのか、そのままくるりと踵を返して。
「お前こそサボるなよ」
言い残して去っていく主を見送り、さて、と左近も踵を返して自分の天幕へと戻ろうと歩き出す。
とはいえ、今日申し付けられた仕事は昼から始めても十分に間に合うだろう。
ちょうど昼飯時だが、どうしようか。
左近は指で顎を摩りながら考える。
そうだ。伏犠さんでも誘って昼飯でも。
ふと思いついたその案が妙に気恥ずかしくなって。
昨日の今日で仲良く昼飯ってどうなんだ、とか。
それよりあの人が朝みたいに昼飯用意して待ってたりしたらどうしよう、とか。
そんな他愛のないことばかりが頭に浮かぶ。
浮かれている。
自分でもそう思う。
単に朝起こしてくれて準備してくれて行って来いと言われただけだろう。
ただそれだけの事が。
どうしようもなく擽ったくて。
「伏犠さん」
しかし声をかけて入り口の布をあげたそこには空っぽの天幕しかなかった。
灯がなければ昼間でも薄暗い天幕の中に人の気配はない。
元より、気配など感じさせない相手だ。どこかにいるのかもしれないと天幕の中へと入って数歩進み、そして気付いて、愕然とする。
天幕に誰も居なかった事ではなく。
当たり前のようにここに伏犠が待っていると思っていた、自分自身に。
「…何やってんだ、俺」
左近はその場に腰を落としてしゃがみ込んだ。
更に両手で髪をがりがりと掻いて、そのまま頭を抱え込む。
浮かれすぎだろう。どう考えても。
冷静になれ島左近。
だって相手はあの男だぞ?
男だぞ?
性別、性格、性癖どれをとっても最悪じゃないか。
あれは男で仙人で異界の住人で身分も住む世界も全然違ってしかも男でそれで。
いいと言ってくれた。
その心をくれると言ってくれた。
浮かれても仕方ないじゃないか。
もう恋なんてすることはないと思っていた。
主に全てを賭けようと決めたあの日に全部断ち切ったつもりだった。
心を人に預けたままで許される、なんて。
そんな都合の良い恋なんて。
もう、多分、二度とない。
作品名:続・例えばそういう恋の話 作家名:諸星JIN(旧:mo6)