oasis
1.
海は戦場と化していた。
「クラウド!出番だよ!」
少女の声にクラウドは顔だけ振り返り、ひとつ頷いた。メットの顎紐を締めなおし、グローブを着け、操縦桿を握る。ぐらりと機体が立ち上がった。周囲の兵がさざめき、好奇と嫌悪の入り混じった目を向ける。その只中でたったひとり、少女だけがまっすぐな眼差しでクラウドを見上げた。口元が言葉を形作る。声にならなかったそれにクラウドはまた大きく頷いて応え、戦場へ向き直った。
「ユフィ姫に勝利を!」
「我らに勝利を!」
まだ高い少年と少女の声が戦場に響く。クラウドは奔りだした。次いで勝ちどきがあがる。地響きのようなそれに、戦場の誰もが振り返る。その頭上を機影が飛び越えてゆき、ソレは砂浜に着地した。むくりと機体が体勢を整える。
(大丈夫、これはオレの手足の延長)
震える手で操縦桿をぐっと握る。関節が軋みをあげて伸び上がる。よどみのない跳躍。ターゲットロックオン、敵を、討つ。
むき出しのコックピットに乗るクラウドに、砂と血飛沫が降り注いだ。
こんなはずではなかった、とセフィロスは頭を抱えたくなった。東方のゲリラ鎮圧の任務に赴いた彼を待ち受けていたのは誤算の嵐だった。
ゲリラ、というのは東方ウータイ地方に自治権を主張する民族たちのことを指す。彼らは小さな国家を築いていたが、数十年前の世界大戦以来、ガストラ帝国の植民地と化している。ウータイだけでなく、現在世界はそのほとんどをガストラ帝国の支配下に治められている。ガストラの大地に眠っていた潤沢な資源と古代より伝わる秘術が、その軍事力を強固なものにしていた。
しかしその帝国も今や内部分裂を起こしており、実質の支配者は王家ガストラの者ではなく新興貴族の神羅家の者に取って代わられている。戦争家業で成り上がった神羅の一族は非常に好戦的な性格をしており、支配者となった今、帝国の政策もそれを反映したものになっている。
そのガストラの内部分裂に乗じて様々な植民地が自治権を主張し蜂起したが、すべて武力によって制圧された。ウータイもそのひとつであり、セフィロスは鎮圧の総指揮官としてこの地に立った。殲滅の尖兵として。
……そのはずであった。
内ポケットに仕込んであった小さなスキットルを呷り、酒で口の中をすすいで砂を吐き出す。髪も戦闘服の中も砂だらけで、今すぐ着衣を脱ぎ捨てて掃ってしまいたい欲求を抑え、セフィロスは誤算の元凶のひとつに目を向けた。
百戦百勝・一騎当千と謳われた彼を貶めた誤算とは、文字通り「嵐」だった。この時期の南ウータイ地方では神風と呼ばれる嵐が発生する。噂に聞いていたそれは唐突に来た。ヒトが風速十何メートルの嵐を止められるはずがない。風と高波にもまれ、この見知らぬ浜に流れ着いた。生きているだけでも奇跡だ。
そしてもうひとつの誤算が、目の前に転がる機体であった。あの嵐の中にあったにもかかわらず、機体は手足の関節が欠けたのみで、本体部分に大きな損傷はない。
「さすがはガストラの遺産、か……」
機体は魔導アーマーと呼ばれている業物であった。遥か昔、神話に近しい時代にそれは開発されたという。魔法という世界の法則を無視した、強大な力を振るう兵器として。幾多の街を焼き国を滅ぼしたという伝説の魔機が、ここにあった。ガストラ帝国が太古の地層より掘り起こし、厳重に保管されていた。それがなぜここへ?しかもこの兵器は誰も動かすことができなかったはずであった。起動すらできなかったのを、セフィロスは魔導実験場で立ち会って確認している。
それが敵兵の中にあって、猛威を振るっていた。魔導に対抗できるのは魔導のみだ。普通の人間に魔法は使えない。現代において魔法を使用するのは古代のモンスターと、ガストラ帝国兵の一部だけである。帝国お抱え錬金術師の秘術によってマテリアという結晶が生み出されて以来、ガストラには魔法の恩恵がもたらされた。軍事力という名の魔法は世界より抵抗を奪った。今回のウータイ遠征も、マテリアを持つソルジャー部隊―――セフィロスが統括する魔導と戦闘に長けた兵士たち―――が一部隊派遣された。それを、魔導アーマー一体で覆された。同じ魔導とはいえ、古代兵器と現代魔法では埋められぬ差があった。由々しき事態だ。その兵器を一体誰が持ち出し、操縦しているのか。
コックピットの中は海水で濡れてはいるものの、外装と同じように損傷が見受けられなかった。操縦者はシートにぐったりと身を預けている。腰と肩にかける固定ベルトのみで崩れ落ちそうな体を支えているような格好で、こんな小柄な体ではあの嵐で投げ出されなかったのが不思議な様相だ。
「子供、」
操縦桿を握ったままの手はグローブ越しにも小さく、ウータイ兵のカーキ色の戦闘服はだぼついて、腕も裾も捲り上げられている。ヘルメットはサイズが合っていないのか、うつむいた今は鼻筋が半ばまでしか見えない。小さな子供が、兵器を繰っていた。
ふと思い立って、セフィロスは子供の体を固定するベルトに手をかけた。金具を外すと、ふ、と小さく息を吐く声がした。
「生きている、……のか?」
細い顎を持ち上げる。口がかすかに開いた。メットの顎紐を解き、砂浜に放りだした。ぱらりと金髪が広がり、子供の肩口に広がった。首はきちんと据わっているので頚骨に異常はなさそうだった。セフィロスはすぐさまコックピットから子供の体を持ち上げ、砂浜に横たえた。開かせた口に自分のそれを重ね、息を吹き込む。何度かそれを繰り返すと、子供が水を吐き出した。ひゅうひゅうと喉を鳴らして、不器用ながら自力での呼吸を始めた。一応首元と腰のベルトを緩めてやり、セフィロスは立ち上がった。改めて周囲を見回す。嵐は去り、頭上は晴れ渡った空が広がっている。砂浜は白く、船の一艘もない。鳥の声がかすかに聞こえるだけで、先ほどまでの嵐がうそのように静かだった。
(無人島……)
南ウータイ地方は小さな島々が寄せ集まった地域で、この島もそのひとつのようだ。小さな島は神風の被害を受けやすく、人が住めるのは本土にほど近いナハ島のみである。ここがさらにその南にあるとしたら、救援が望めるのは最短でも2,3日はかかるだろう。天候の問題もある。とりあえず水場を確保せねばなるまい。
海は戦場と化していた。
「クラウド!出番だよ!」
少女の声にクラウドは顔だけ振り返り、ひとつ頷いた。メットの顎紐を締めなおし、グローブを着け、操縦桿を握る。ぐらりと機体が立ち上がった。周囲の兵がさざめき、好奇と嫌悪の入り混じった目を向ける。その只中でたったひとり、少女だけがまっすぐな眼差しでクラウドを見上げた。口元が言葉を形作る。声にならなかったそれにクラウドはまた大きく頷いて応え、戦場へ向き直った。
「ユフィ姫に勝利を!」
「我らに勝利を!」
まだ高い少年と少女の声が戦場に響く。クラウドは奔りだした。次いで勝ちどきがあがる。地響きのようなそれに、戦場の誰もが振り返る。その頭上を機影が飛び越えてゆき、ソレは砂浜に着地した。むくりと機体が体勢を整える。
(大丈夫、これはオレの手足の延長)
震える手で操縦桿をぐっと握る。関節が軋みをあげて伸び上がる。よどみのない跳躍。ターゲットロックオン、敵を、討つ。
むき出しのコックピットに乗るクラウドに、砂と血飛沫が降り注いだ。
こんなはずではなかった、とセフィロスは頭を抱えたくなった。東方のゲリラ鎮圧の任務に赴いた彼を待ち受けていたのは誤算の嵐だった。
ゲリラ、というのは東方ウータイ地方に自治権を主張する民族たちのことを指す。彼らは小さな国家を築いていたが、数十年前の世界大戦以来、ガストラ帝国の植民地と化している。ウータイだけでなく、現在世界はそのほとんどをガストラ帝国の支配下に治められている。ガストラの大地に眠っていた潤沢な資源と古代より伝わる秘術が、その軍事力を強固なものにしていた。
しかしその帝国も今や内部分裂を起こしており、実質の支配者は王家ガストラの者ではなく新興貴族の神羅家の者に取って代わられている。戦争家業で成り上がった神羅の一族は非常に好戦的な性格をしており、支配者となった今、帝国の政策もそれを反映したものになっている。
そのガストラの内部分裂に乗じて様々な植民地が自治権を主張し蜂起したが、すべて武力によって制圧された。ウータイもそのひとつであり、セフィロスは鎮圧の総指揮官としてこの地に立った。殲滅の尖兵として。
……そのはずであった。
内ポケットに仕込んであった小さなスキットルを呷り、酒で口の中をすすいで砂を吐き出す。髪も戦闘服の中も砂だらけで、今すぐ着衣を脱ぎ捨てて掃ってしまいたい欲求を抑え、セフィロスは誤算の元凶のひとつに目を向けた。
百戦百勝・一騎当千と謳われた彼を貶めた誤算とは、文字通り「嵐」だった。この時期の南ウータイ地方では神風と呼ばれる嵐が発生する。噂に聞いていたそれは唐突に来た。ヒトが風速十何メートルの嵐を止められるはずがない。風と高波にもまれ、この見知らぬ浜に流れ着いた。生きているだけでも奇跡だ。
そしてもうひとつの誤算が、目の前に転がる機体であった。あの嵐の中にあったにもかかわらず、機体は手足の関節が欠けたのみで、本体部分に大きな損傷はない。
「さすがはガストラの遺産、か……」
機体は魔導アーマーと呼ばれている業物であった。遥か昔、神話に近しい時代にそれは開発されたという。魔法という世界の法則を無視した、強大な力を振るう兵器として。幾多の街を焼き国を滅ぼしたという伝説の魔機が、ここにあった。ガストラ帝国が太古の地層より掘り起こし、厳重に保管されていた。それがなぜここへ?しかもこの兵器は誰も動かすことができなかったはずであった。起動すらできなかったのを、セフィロスは魔導実験場で立ち会って確認している。
それが敵兵の中にあって、猛威を振るっていた。魔導に対抗できるのは魔導のみだ。普通の人間に魔法は使えない。現代において魔法を使用するのは古代のモンスターと、ガストラ帝国兵の一部だけである。帝国お抱え錬金術師の秘術によってマテリアという結晶が生み出されて以来、ガストラには魔法の恩恵がもたらされた。軍事力という名の魔法は世界より抵抗を奪った。今回のウータイ遠征も、マテリアを持つソルジャー部隊―――セフィロスが統括する魔導と戦闘に長けた兵士たち―――が一部隊派遣された。それを、魔導アーマー一体で覆された。同じ魔導とはいえ、古代兵器と現代魔法では埋められぬ差があった。由々しき事態だ。その兵器を一体誰が持ち出し、操縦しているのか。
コックピットの中は海水で濡れてはいるものの、外装と同じように損傷が見受けられなかった。操縦者はシートにぐったりと身を預けている。腰と肩にかける固定ベルトのみで崩れ落ちそうな体を支えているような格好で、こんな小柄な体ではあの嵐で投げ出されなかったのが不思議な様相だ。
「子供、」
操縦桿を握ったままの手はグローブ越しにも小さく、ウータイ兵のカーキ色の戦闘服はだぼついて、腕も裾も捲り上げられている。ヘルメットはサイズが合っていないのか、うつむいた今は鼻筋が半ばまでしか見えない。小さな子供が、兵器を繰っていた。
ふと思い立って、セフィロスは子供の体を固定するベルトに手をかけた。金具を外すと、ふ、と小さく息を吐く声がした。
「生きている、……のか?」
細い顎を持ち上げる。口がかすかに開いた。メットの顎紐を解き、砂浜に放りだした。ぱらりと金髪が広がり、子供の肩口に広がった。首はきちんと据わっているので頚骨に異常はなさそうだった。セフィロスはすぐさまコックピットから子供の体を持ち上げ、砂浜に横たえた。開かせた口に自分のそれを重ね、息を吹き込む。何度かそれを繰り返すと、子供が水を吐き出した。ひゅうひゅうと喉を鳴らして、不器用ながら自力での呼吸を始めた。一応首元と腰のベルトを緩めてやり、セフィロスは立ち上がった。改めて周囲を見回す。嵐は去り、頭上は晴れ渡った空が広がっている。砂浜は白く、船の一艘もない。鳥の声がかすかに聞こえるだけで、先ほどまでの嵐がうそのように静かだった。
(無人島……)
南ウータイ地方は小さな島々が寄せ集まった地域で、この島もそのひとつのようだ。小さな島は神風の被害を受けやすく、人が住めるのは本土にほど近いナハ島のみである。ここがさらにその南にあるとしたら、救援が望めるのは最短でも2,3日はかかるだろう。天候の問題もある。とりあえず水場を確保せねばなるまい。