oasis
3.
熱帯植物の大きな葉が雨粒を受け、ばたばたとせわしない雨音を立てている。その音でクラウドは目を覚ました。肘をついて身を起こすと、背や節々に痛みを感じた。地面に葉を敷いただけの簡素な寝床は硬く、だがそのわりによく眠れた。クラウドは大きく伸び上がり、関節を伸ばす。暫くの寝床に定めた洞窟の中はクラウドが使用した敷布代わりの葉と、出口に近いあたりに焚火の跡しかない。男の姿はない。外は雨が降っているがうす明るかった。
セフィロスは恐らく狩りに出ているのだろう。焚火の番も途中で交代するという話だったが、夜半にクラウドが起こされることはなかった。クラウドは内心、臍を噛む。大したことはできまいと舐められている気がする。子ども扱いや過小評価されるのを極端にきらうクラウドの、一番気に食わない行動を取る男だ。クラウドが昨日のやり取りを思い返している内に、当の本人が戻ってきた。黒い戦闘服を傘代わりに頭から被り、手には包んだ葉を持っている。
「起きたか」
「…番は交替でって言っただろう。起こせよ」
「よく眠っていたようだったからな。今日からは代わってもらう」
意にも介さない様子で、セフィロスは服から簡単に露を払い、それを寝床の方へ放った。次いで包んだ葉をクラウドに放り投げる。中はどっしりと重かった。包みを開くと5,6匹の魚が葉の中でぱくぱくと喘いでいた。クラウドが驚いて振り返ると、セフィロスは既に寝床に横になっていた。
「少し眠る。火をおこすくらいはできるだろう」
クラウドはむっと眉を寄せたが、口答えはせずに火を起こす準備をした。明らかに分が悪い。
幸い、昨日のうちに拾った火起こしの枯れ草と枝は残っていた。雨が降ってはいるが火付きは悪くなかった。手ごろな枝がなかったので、葉に包んだままの魚を火にくべ、蒸し焼きにすることにした。クラウドは振り返り、葉とコートの上に横たわる男を見た。寝息は聞こえなかった。ベルトをかけただけの裸の胸がわずかに上下している。クラウドにはまだない、逞しく厚い筋肉に覆われていた。完成された兵士の造形。無造作に投げ出された腕も、葉の床からはみ出た長い足も同様で、それが見せかけのものではないことをクラウドは知っていた。
クラウドがまだガストラにいた頃、セフィロスは既に英雄と呼ばれていた。同時に、死神とも恐れられていた。戦場に死を運び勝利を呼ぶ、鬼神の如き強さ。その比類なき強さはクラウドを魅了した。あの人のような強さがほしい、強くなれればきっと―――そうした想いでクラウドは軍属を希望した。まだ幼かったので士官学校の初等部へ入学することとなった。母はあまりいい顔をしなかったが、それまで自分の意見を主張することの少なかったクラウドの要望に応えた。―――クラウドがソルジャーへ志願するまでは。
「焼けたか」
いつの間にかセフィロスが傍らに立っていた。物思いに耽っていたクラウドは慌てて長めの枝を手に取り、火から葉の包みをかきだした。セフィロスも座り込み、素手で焼けた葉を開いた。熱くないのかと目を剥くクラウドをよそに、セフィロスは指で魚の身をこじ開けた。
「いい塩梅だな」
包みの葉を皿代わりに広げ、クラウドの方に寄せる。クラウドにとって暖かい食事は久しぶりだった。ウータイ兵はガストラに比べ戦力に劣る。ゲリラ戦を強いられ、長いこと火を使った食事をとることができなかった。それを目の前にして急に空腹を思い出し、がっつく勢いで手を伸ばした。
「熱っ」
魚の身は思いの外熱かった。クラウドは少し赤くなった指先を舐め、今度は慎重に比較的温度を持たない尾の部分を持ち、火傷に気をつけながらちびちびと食べ始める。身はほっこりと甘く、噛むとじわりと油が広がった。塩っ気が足りないことは否めないが、火の通った食事にクラウドは生き返った気分だった。その内に淡々と自分の分を平らげたセフィロスはクラウドに視線を注いでいた。
「なんだよ。残り、オレの分なんだろ?やらないぞ」
「……ああ、早く食え」
クラウドはあえて男の何か問いただしたげな視線を無視した。セフィロスが明らかにしたいのは魔導アーマーのことだろう。応じる気はない旨を態度で表すつもりで、クラウドは黙々と魚をほおばった。
島は小一時間ほどで一回りできる小さなものだった。だが細々とではあるが湧き水の泉と小川があり、幸いにも水には困らなくて済みそうだ。熱帯の森には果実をつける植物が豊富で、それを求めて渡ってくる鳥が多いのか、他に天敵となる動物がいないのか、のびのびとした鳴き声と羽ばたきの音が絶え間なく聞こえる。遠浅の海岸は高い波もなく穏やかで、引き潮で残された魚がゆったりと泳いでいた。これなら食料にも心配はないだろう。
セフィロス曰く、この島はウータイよりも南方ミディールの気候に近いとのことだった。確かに本土とナハ島付近の孤島郡とでは気候の質がかなり違う。ナハ島は熱帯と言うよりも温帯程度であることを考えると、ウータイ領とはいえ最南端の島にふきとばされたということになる。
「ここにある熱帯植物の多くは西南より流れ着いたものが自生したものだ。ああいう風に」
そう言って指差した先にはヤシの実が波打ち際で揺れていた。砂浜に乗り上げるでもなくぷかぷかと浮いている様はなんとものどかだった。敵兵であるはずの男に地理の知識を教授されながらこんな光景を見るなんて。クラウドは思わずくすりと笑いを漏らした。
「何だ?」
「いや、なんでも。それより、狼煙上げるんだろ?」
「そのつもりだったが……」
セフィロスは空を見上げた。眩しいほどの快晴だが、雲の流れが速い。南国の天気は独特で、2,3時間おきに激しいスコールが降る。狼煙程度の火を消すのは容易い。
「次の雨を待ってからのほうがよさそうだ。今のうちに薪になるものを集める」
まるで上官のような口調だが、クラウドは素直に頷いた。
セフィロスの言葉通り、暫くするとスコールが降り始めた。鳥の鳴き声も止んで、雨音のみの世界になる。飛沫交じりの風が肌にひんやりとあたる。クラウドは洞窟の入り口のすぐ傍でその感触を楽しんでいた。
「まるで休暇だな」
奥で腰を下ろしているセフィロスが言う。
「3日もいれば平和ボケしてしまいそうだ」
そうは言ったが、その目には軍人らしい厳しい光があり、ひたとクラウドを見つめている。ソルジャー特有の魔晄―――魔力を秘めた地脈の奔流の色が男の整ったかんばせの中で爛々としている。だが殺気はなく、どちらかというと観察者が動物を見るような好奇心を含んだ眼差しだった。