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遺失物管理局【親政】

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 規則的に動く羽毛布団の輪郭は小さく寝息を立てて部屋の中央に転がっている。ガチャリとドアノブが回る音がして、嗚呼そんな時間かと腰を浮かせれば同時に首筋に冷たいものがヒヤリと触れた。扉の向こう側が少しだけ驚いた表情をして、直ぐに飄々とした普段の顔へと戻す。

「今、何時だ?」

 耳元で囁かれるには充分威力を持った声が吐息と共に掛けられれば、背筋に走るものの種類も変わってくる心地がした。指差そうとした時計は如何せん止まって久しいし、腕時計はしない主義だが同僚の顔を見たと言う事は交代の時間だ。
「おやつの時間だぜ、たぶんな」
 そうか、と言って命ってやつが零れ落ちた。呆気ない落し物。


■□■□


 アルミ合金で出来ている扉は何処か薄っぺらな印象と似て、酷く軽い手ごたえで開閉した。普段からあまりバタバタと人の出入りがある訳でもないそれはギィと蝶番に不快な音を立てさせはしたけれど、余りにそれが耳に付く程の感覚は無い。その場に2人しか人が居ないからと言う理由からではなく単純にその部屋が広いだけだ。今更に開閉音を詫びる事も無くなった互いはそう思っている。
 捻ったドアノブのぎこちない動きにも随分慣れて、部屋へと入る度に増える荷物にも慣れたと皮肉を混ぜた言葉を嘲る口元から発する同僚に悪いと謝罪の言葉を告げるのは何度目になるだろうかと考えて、片手で足りなくなった頃には諦めた。元より彼がその表情をしている時にする口論では分が悪いのは判りきった事で、只管に謝る以外に道はない事も学習済みだ。よぉ、と軽く翻した片手が所在無く組んだ足の上に戻る余韻を引き伸ばす。扉の前で立ち止まったオレンジに近い赤髪の男の表情が少しでも和らぐ事を期待したが、その兆しは残念ながら望めるものではなかった。

「拾ってくるなって何度言えば判るんだよ、アンタは。」

 呆れたと語る重々しい溜息を一緒に冷たい声で告げられれば、反論する為に並べた筈の言葉を喉奥へと引き込める。口で勝った事なぞ同僚になって随分経つが、片手を使う必要もなかった。用意していた全部を諦め、「悪い」と呟く。
 高い天井は何処か陰が掛かっていて照明を惜しげもなく点けても効果を見せずにいつも薄暗い気がした。これといった物がある訳でもない広い部屋は壁一面を棚が占めている所為で圧迫感さえ覚えるが慣れれば何と思う事もなくなって久しくなり、窓一つないその場所で時間を報せる唯一の丸い文字盤の掛け時計が止まっている事に気付いたのもつい最近の事だ。他とは時間の経過が違うのだと思わせる程、世界と隔離されているのは気のせいではなく同じ建物の中で働いている奴らでさえ此処が何の為にあるのか知らない。否、この場所が存在している事を知らないのかもしれない。
 棚は殆どが駅の構内にあるコインロッカーと同じ造りの、装飾がされている訳でもなく機能が充実している訳でも無い、いっそ面白みがないと言った方が良いただの頑丈なロッカーだ。大きさも前述と変わりない。
 扉の為にポッカリと空いたスペースから歩み寄って来る同僚は白い紙の束を片手でバサバサと揺らしながらその量の多さを思い知らせてきているようだった。判っているのか、と言外に語られている気がして腰掛けたパイプ椅子の上で逃げ腰になれば責めるようにギィと背凭れが鳴く。

「其処に転がってるものの処理もいつかは混ざっちゃうんだよねぇ、どうせ。自分からお仕事増やしちゃう位の慈善事業がしたいなら、俺に迷惑掛けない所でやってくんない?」

 手馴れた様子で指定の位置に片していたパイプ椅子を引っ張り出せば向かい合うように腰掛けた同僚が紙の束を差し出すので反射的に受け取り、嗚呼と紙面に掛かれたものへと記憶を辿らせてしまうのは職業病だった。
 ○月×日の熱烈過ぎてサイコ臭いラブレター、○月△日のいかがわしい名前にしか見えなかった居酒屋の看板、○月*日のピンクのひらひらレースなパンツが無造作に入っていた学生鞄。
 保管期限が過ぎたそれらがどんな形で処分されるのかは管轄外だが、持ち主が探しにくるまで保管するのが仕事と言っても、なかなかに知られた職業ではないのが何処か陰気な雰囲気を持った職場の所為か仕事の所為か、と愚痴の一つに混ぜる。某所、と言ってもお役所さんに変わりはないが給金を払ってくれる大元が税金なのだから立派な公務員だと言っても罰はあたらないだろう。地域ごとにあるこの仕事は窓口の華やかな顔に比べて地味でしかない管理局が大抵どっかの建物の地下室なんかにあって、番人宜しく遺失物と連れ添っているのが今この場に居る2人だった。
 これは何処の棚に仕舞ってある、これは別室に、あれは書類上でしか残ってない。慣れた動作で向かい合った大の男が2人、真面目に仕事をしていれば不意に同僚の声が止んだ。訝しんでひょいと眉を上げれば、背後を顎で指しながら同僚の何処か冷めた目が興味深げに細められる。

「何処で拾ったの?」

「来る途中の駅前。…関わらないんじゃねぇのか?」

 面倒事はゴメンだと口癖のように告げる相手が、けれどその言葉に反して面倒事を引き寄せる性質だと知ったのはそう長い時を要さない頃だったか。器用貧乏という言葉を頭の中に浮かべれば同時に同僚の顔が思い浮かんでしまう程、とは機嫌を悪くさせるだけなので言っていないけれど。
 何がある訳でもない部屋はコンクリートむき出しの壁を気にする事も無い程にロッカーに覆われていて、中央部には確かにスペースはあるが机を置いて何をする訳でもない自分達には不要だと一言洩らせば立派な机は経費削減だと没収された。パイプ椅子が2つに換気用のダクトと広い部屋には足りないところを頑張ってくれているクーラーが一台、地上階の自販機から買ってくる缶コーヒーの積み重なった塵箱がこの部屋にある全てだ。そして背にした床に転がした儘の拾い物が一つ。

「そんな大きなもの勝手に入れてくれちゃって、関わらないで居てイイなら放っとくよ。アンタの尻拭いに指一本切られそうになったの誰だと思ってんの?」

 それは確かにそうだ、頭が下がる。言葉に出さずに小さく肩を竦めれば、その動作が気に喰わないのか睨む視線だけが返った。
 今のご時勢に責任を取って小指を落とせとは古臭い習わしだったと思い出しながら続く小言から逃げるように白い紙一面に広がる細々しい文字の羅列を眺めるけれど、翌々考えれば結局の所、その時に良い拾い物をしたのはお前じゃないかと言い掛けて寸での所で踏み止まる。何だかんだと騒動があって、何だかんだと決着がついて、何だかんだと惚れた相手を見つけた同僚は何だかんだと未だに手を出す事も出来ていない状況に居るのだと思い出した。嗚呼そうか、だから今日は身だしなみに煩い男には珍しくも髪が乱れていて機嫌が悪いのか。

「起きたら何とかなるだろ。気にすんなって。…そーいや上が騒がしいみてぇだけど、何かあったのか?」

 さぁ?、と耳の早い同僚から返って来るには違和感さえ覚える反応を皮切りに、互いの視線はまた仕事へと戻った。



■□■□



 ゴソリ、と物音が背中からして嗚呼と思い出す程の時間の経過がたった頃に漸く動き出した拾い物は、けれど寝返りをうっただけで動かなくなった。
作品名:遺失物管理局【親政】 作家名:シント