キスの理由
幼馴染みがボクにキスしてくるようになった。
「アンディ」
呼ばれてつい振り向く。
さっきから後をついてきていることには気付いていた。
ボクは日直で、先生に頼まれた資料を資料室に返しに行こうと山ほど抱えていた。
ちなみに日直は普通ふたりだが、もうひとりがあいにく不真面目だったので、ひとりで返しに行くはめになった。
クラス全員分の資料の本は一冊一冊は薄くとも多いければ重たい。
だからといって、相手が手伝う気でついてきているわけじゃないことは知っていた。
そんな親切心など、この相手……幼馴染みのバジル……は、持ち合わせちゃいない。
資料室は、当たり前の話だけど、資料を借りたり返したりする以外の用事がなければ、滅多に人が立ち寄らない場所だ。
当然、廊下に人気はない。
あと少しで資料室というところで、ボクはバジルに後ろから呼び止められた。
嫌な感じはずっとしていたものの、それまで何も話さなかった相手に、急に声をかけられたものだから、ついつい振り向いてしまった。
すっと顔が近付いてくる。
(ああ、キスされるな)
思ったときにはもう、唇と唇がくっついていた。
資料を持っているので抵抗できない。
通りかかる者もいない。
これで抵抗なんてすると、資料を投げ出して暴れることになるし、バジルの機嫌が悪くなって何をされるかわからないし、こんなキス程度どうってことないので、したいようにさせる。
キスといっても、軽くついばむようなもので、いつもすぐに離れていくし。
その後バジルは上機嫌で、昔よくされていたような嫌がらせも最近はしてこない。
嫌がらせがキスに変わったと思えばずいぶんマシだ。
それは男なので男にキスされるのはアレだけど、他人のいない瞬間、抵抗できないような時を狙ってしてくるので、色々と考え合わせると、おとなしくしていた方がいい。楽だ。
ほんの数秒、黙っていれば、それで済むことだし。
ぺろりと確かめるように舌が唇を舐めて離れてゆく。
まったく、何がしたいんだか。
「もういい? 行くよ」
「待て」
歩き出そうとしたら、後ろからがっしと肩をつかまれた。
なんだよ、もう。
少し苛立って振り返ると、バジルが腕に抱えた資料の山から半分を取り上げる。
「……持ってやる」
ボクは唖然とした。
ありがたいけど、でも……。
「……資料室、もうそこなんだけど」
「うるせぇ」
蔑むような目をくれて、バジルは資料の半分を抱えて歩き出す。
ボクは突っ立ったままでそれを目で追った。
……キスした後は妙にやさしい。
たんに気分の問題かもしれないけど。