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キスの理由

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「ねえ、バジルがボクにキスする理由って何?」
「てめぇが汚ねぇから」
 即答。そうじゃない。
「それは前にも聞いたよ。そうじゃなくて……。バジルは、ボクを、どうしたいの?」
「どうしたい……?」
 何を言われているのかというような怪訝な顔でボクをじっと見る。
 いやいや。
「だから、付き合ってもいないのにこういうことするの変でしょ。付き合いたいの?」
 強く挑むように言う。
 答えが『否』なことはわかってる。
 そんな気持ちじゃないはずだ。
 それはじゅうぶんこれからのキスを拒むだけの理由になる。
 眉をひそめてボクを見ていたバジルは、何かに驚いたように一瞬目を見開き、それから細くすがめて、吐き捨てた。
「付き合ってもいい」
 ……そう、付き合っても……ええっ?
 愕然としてバジルを見る。
 バジルは嫌そうに、本当に嫌そうに目を細めてボクを見つめながら、不機嫌そうに言った。
「こういう事をする理由になるなら付き合ってやってもいいぜ」
「……」
 えええ……。
 限界まで身を退く。据わった目でバジルを眺める。たぶんボクは青い顔をしている。
 また顔を近付けようとするバジルを両手を突き出して遮った。
「いやいやいや。お断わりだから。そっちはよくても、こっちはダメだから」
 あ、流れで振ってしまった……。
 傷つくかな、まあバジルだからな、大丈夫かな。
 ギロッとにらみつけられる。
 それでもかまわずに言った。
「そろそろ離して。そんな関係にはなれないから」
「……」
 まったく資料室で男と抱き合って何してるんだか。
 自分のうかつさにびっくりだ。
 もう、今度からは気をつけよう。
 そう心に決める。
 この話はこれで終わりだし。
 未練がましく腰に腕を回しているバジルから身をよじって逃げ出し、距離を取る。
 なんだかぼうっとしていたバジルが、我に返った様子で、またこちらをにらみつけてくる。
 苛々とした様子で吐く。
「アンディ。おまえ、何がしたいのかって訊いたよな。俺は、おまえに嫌がらせしたいんだよ。おまえを汚してやりたいんだ。お断わりならなお結構だ。こっちにはキスする理由があるんだからな。これからもしてやる。覚悟しとけ」
「は……?」
 それだけ言うと、バジルはボクの返事を待たずに扉に向かって歩き、ガチャッと扉を開け、バタンと大きく音を響かせて部屋を出ていった。
「なんだあれ……?」
 なんだ今の。
 ……ボクを、汚したい?
 そんな理由でキスしてたのか。
 ちょっとそれって……。
 これから抵抗した方がいいのか。
 おとなしくしていたら今日みたいに激しくなっていかないとも限らないしなあ……。
 それよりもまず隙を作らないようにしないと……。
 ああもう、なんでこんなことで悩まなくちゃいけないんだ。
 ペースを乱されるの嫌いだ。
 バジルも嫌いだ。バジルだって、ボクが嫌いなはずなのに。
 ……好きでもないのにキスされるなんて。
 これからは、本当に用心しないと。
 今日みたいな……。
 唇を指で押さえる。
 今日みたいな深いキスは……。
 そばのダンボールを握りしめ、うなだれる。
(あんな深いキスされた……!!)
 何してるんだか。
 うまく考えられない。思考がぐるぐるする。
 その堂々巡りの思考を、キーンコーンカーンコーンという面白みのない予鈴の鐘が遮る。
「……行かなくちゃ」
 もう完璧遅刻だ。
 記憶を消し去るように唇をぬぐって扉に足を向ける。
「……ちくしょう……」
 こんなことで汚れたりしないし、傷ついたりしないし、ましてや泣くはずもないし、たかがキスなんだからと自分を慰める。
「ああもう、本当に……」
 バジルは腹の立つ奴。





(おしまい)

作品名:キスの理由 作家名:野村弥広