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葬式の話

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昔から自分はひとの死の間際の記憶が見える。
 遺体に死に水を含ませているときに唐突に見えるときもあるし、骨壺が納められた墓に手を合わせているときもある。
 病のせいで全身を苛む苦痛で終わる生もあるし、衰弱して眠りながら終わる生もある。首を絞められ、刃物で刺され、自ら首を吊って死ぬ者もいる。
 その死を感じ取ると涙が出る。
 死に対して哀しんでいるわけでも同情しているわけでもない。ただ涙が目からこぼれるのだ。
 もしかしたら、それは彼らの涙かもしれない。
 それが生への未練なのか、誰かへの恨みなのか、安らかな死へのよろこびなのかはわからない。
 ひとの末期の思いなどわからない。けれどせめて目に見えない彼らの魂を送ることができればいいと思っていた。
 けれど、目の前の子どもの遺体にはなにもなかった。布団に寝かされた幼い身体はからっぽだった。
 死の苦しみも安らぎも。ここにはなにもない。いったいどこに消えたのだろう。
 隣に座った小さな気配に振り向くと、彼の兄弟がそこにはいた。
 彼らは数日前に肉親を亡くしたばかりだった。そのときの葬儀で彼らとは出会った。
 突然の訃報になんて声をかけたらいいのかわからず、思わず目をそらす。気づくと涙が頬を伝っていた。
 それに気づいた子どもの手が涙を拭おうと伸ばされてくる。
 俺は気づいてしまった。誰がこの子どもを殺したのか。どうやって殺されたのか。
 けれど頬にふれて「また会えてうれしい」と見つめてくる子どもがどうして。

 なぜ、どうして、どうして彼は、自分の兄弟を殺してしまったのだろう。





 奇妙な葬式だ。
 弔問客は村の住人のほとんどだという。
 すべての手続きを行ったのは長年故人に仕えていたという男だった。主人が亡くなったというのに哀しみを見せず、淡々と作業する姿は使用人の鑑といえるかもしれないが、己の主人はただひとりと示しているようにも見えた。
 現に喪主は息子だが式の打ち合わせで発言しているのは使用人の男で息子は頷いているだけだった。父親に対して冷めているというわけではない。抑圧されることに慣れてしまった者に見えた。
 そして、ふたりの子ども。
 まだ十歳ぐらいだろうか。兄弟だと紹介されたがお互いにも両親のどちらにも似ていない。
 ひとりは目を閉じて周囲からの干渉を拒否していたが、もうひとりは愉しそうにひとの流れを見えていた。
 奇妙なのがその子どもたちに大人たちが誰も触れないということだ。喪主の息子とは違う、恐れに近い感情で周囲の人間が避けているようだった。
「沢田君、受付はもういいから休憩をとって」
 社長が汗をハンカチで拭きながら声をかけてくる。今は夏の終わりだが、例年にない猛暑の名残でいまだにじっとりとした空気を保っている。
 加えて場所が由緒ある寺というものであるものだからエアコンの効きが悪い。祭壇がある広い百畳の部屋は天井が高く、空気の通りもよく涼しいが、入り口で弔問客を迎えている者はじわりと体力を消耗する。





 小さなガスコンロと水道がある給湯室に向かい、コップに水を注ぐ。
 都会と違ってこの地域は下水処理ではなく、湖からの水を浄化して使っているので塩素くささがない。
 ポケットを探ると、フィルムに包まれた飴玉がでてきた。休憩がとれないとき用に持ち歩いていたものだった。少し溶けているが問題はない。
 ほんの少しだけネクタイを緩めて、給湯室の窓を開けた。ぬるい風が入ってくる程度だったけれど、こもった湿気が入れかわった。
 夏の終わりは苦手だった。特にこの村は盆地のせいか雨が降りやすいのに、いつまでも蒸し暑い。
 虫の声は鼓膜を刺激するし、仕事柄上着が脱げないのに容赦なくシャツは身体に張りつく。
「水を取っていただけませんか」
 高い声に振り返ると先ほどの兄弟のひとりだった。
 遠目ではわからなかったが、近くで見えると不思議な虹彩をしている。
「僕の目がどうかしましたか」
「あ、ごめん。珍しいなと思って」
 好奇の目で見えてしまったかもしれない。気を悪くさせたかと思ったが、逆に子どもは面白そうに瞬いた。
「へえ、わかるんですか。珍しい」
 意味がわからなかった。なにが「わかる」というのだろう。
「きみ、甘いにおいがする」
「ああ、食べる? 少し溶けているけど」
 手に持っていた飴玉を広げ、これはオレンジ、イチゴ、と順に説明していく。
 しかし子どもはじっとそれを見えていたにも関わらず、首を振った。
「祖父をご存知ですか?」
「この村の人間なら誰でも知っているよ」
「でもあなたは個人的に祖父を知っているように見える」
「どうして、そう思うの?」
「だってあなた村人じゃないでしょう。僕はあなたをこの村で見たことがない。あの老人が外の人間に自分の死後を任せるわけがない。それなのにあなたはここにいる」
 歳に似合わない口調。それに威圧感。この奇妙な子どもはひとに命令することに慣れた空気をまとっている。
「子どもの頃、この村にいたんだ。きみが産まれる前だよ。そのとき会ったことがあるんだ。今は別の町に住んでいるけど、今回たまたま葬儀屋をしている親戚に手伝いを頼まれたんだ」
 今住んでいるところでも葬儀屋をしていることを付け加える。社長同士が知り合いだった。
「それだけでは理由にならない」
「そう言われてもね」
 ふう、とため息をつかれた。「輪廻転生って知っていますか?」と尋ねてくる。
「これでも葬儀屋だよ」
「あの老人は信じていた」
 子どもが笑う。馬鹿にしているのとは違う笑いだった。
「僕、両親とは似ていないでしょう。この村の人間ではないんです。今集まっている者とは誰とも血縁がない」
「そうなんだ」
「僕の目に六という字が見えますか?」
 大きく目を開いて右目を指差してくる。言われてみると模様というよりは文字だ。六という数字に見える。
「見えるね」
「僕が生まれた村ではたまに僕みたいな者が生まれるんです。六道輪廻を操るものが」
 意味がわからなかった。
 俺の心がわかるかのように「生まれ変わりを操作するんです」と説明する。
「死後、肉体から抜ける魂を新しい身体に移す」
「それが、生まれ変わり?」
「いいえ。ただの移し変えだ。けれどあの老人はそう思っていた。心から。そしてその力を得るために僕の住んでいた村を焼き払った」
 にわかには信じかたい話だと思う。
 目の前の彼はひとの生死を操る術を持ち、そのために故郷を焼き払われたのだという。
 彼が生まれた村は輪廻転生を司る神を信仰していた。神の名前はきいたこともない名前だった。土着信仰だろう。彼の一族にはその力を宿す者がときどき生まれ、その子どもは赤い虹彩と数字の六を目に持つ。しかしそれは普通のひとには見えない。
 俺に村のことを話したのも「普通」ではないからと判断したということのようだ。
 確かに死者の記憶が見える自分は「普通」ではないのだろうな、と思う。彼の話が本当なら俺も彼も死者の側に少し近い。
「あのひとはきみの力を使うために、きみの村を焼いたの?」
「そう。あの老人は死ぬ前に僕の術で新しい身体に入りたいと言っていた。彼の狂気は僕を閉じ込めていた村の人間より心地良い」
作品名:葬式の話 作家名:るーい