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葬式の話

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「そうだよ。だから俺が知っていることを話した。きみがこのままでは進めないと思ったから。葬儀というのは死者のためだけじゃなく、残されるもののためにもあるんだ」
 子どもが虚を突かれたようにまばたきをした。
 俺の言葉が意外だったようだ。
 静かに立ち上がり「……また来る?」とだけぼそりと言う。
「俺、葬儀屋だよ」
「じゃあ今度会うのは村の誰かが死んだときか」
「それもないかも。またこの村を出るから」
 そして今住んでいる町とも別の場所で将来を約束した女性と一緒になるのだと小声で伝える「そう」と背中を向けられた。





 彼らと同じぐらいの年齢のときだった。
 友人たちに度胸試しだとからかわれ、村で一番大きな屋敷の庭に忍び込んだ。
 村長よりもお金持ちで偉い。そして逆らってはいけないひとの庭。二言目には大人が「お館様が」と言って、顔色を悪くしていたのを憶えている。
 庭といっても森に近い。背の高い木に鬱蒼と茂み。噂ではその森の中に隠された墓があると言われていた。
 迷い込むように庭の中を歩き回り、ふと木の合間から光が注ぐ開けた場所に出た。
 そして噂通りそこには墓があった。村の墓地とは違い立派な石の台座もない墓石。けれど周囲には雑草もなく、石の表面に汚れもなかった。
 誰の墓なのだろう、と思って近寄ろうとすると背後からがさりと音がした。そこには屋敷の主人である老人が立っていた。
 一瞬、侵入者への怒りが目に浮かんだけれど、すぐに目を伏せて「寄そう。友の前だ」と墓に向き直った。
 その場から離れたほうがいいとわかっていた。けれど墓に彫られた名前に目を向けてしまったら動けなかった。
 涙が頬を伝った。彼はそれに気づき、そしてくっと笑った。
「恐ろしいか。ここに眠っている友は私が殺した」
「違う。このひと自分で死んだ。舌を噛んだ」
 はっと自分が思わず言ったことに青くなった。
 当時、俺は死者の記憶を見えることを絶対に隠せと両親に言われていた。
 俺は慌ててその場を立ち去った。
 その後すぐに両親の仕事の関係で別の町に引っ越した。
 大学に進学してから偶然再会した村の元同級生と飲んだとき、森の中で出会ったあのひとが「戦争中に友人を殺して食べた」と言われていたことを知った。
 自分の進路を決めたのはそのときだ。
 そして迷っていた自分にこの村に住んでいる親戚から葬儀の手伝いを頼まれた。だから会いに行こうと思った。
 彼は俺のことを憶えていた。
 そして葬儀などくだらないと言った。自分の生の終わりを示すためにやるだけだと。それが必要なのだと。どこか他人事にきこえて不思議だった。
 そのときは意味がわからなかったけれど、本当はこのひとが死んで再び別の身体で蘇るつもりでいたのだとしたら、その死に不審を持たれないために葬儀を手配したのだと今はわかる。
 伝えたかった。あなたは友人を殺していない。自分で舌を噛んだ友人は怪我をしていて「足手まといになる」と言った。だから救出を待ち、敵から逃れるために隠れていた洞窟の中で「自分を食べろ」と言った。「生きて故郷に帰れ」とも。
 俺は死者の記憶を受け取る。しかし俺は彼の友人は「生きて故郷に帰って幸せになってほしい」と思っていたと思う。彼の最後の記憶で彼の目線は隣で眠る友人をやさしく見守っていた。
 でもどうやったら死者の最後の思いを他人に伝えられるかわからなかった。
 少しでも伝える手段を探して、この仕事を選んだ。
「伝えるの、遅くなってごめんなさい」




 葬儀が終わり、俺は自宅に戻り、日常が始まった。
 しかし一週間後再び依頼がきた。
 あのときの兄弟のひとりが亡くなったのだと言う。
 しかもその葬儀を自分ひとりで仕切れという依頼だった。
「そんな、ひとりじゃ無理ですよ」
 あんな大人数の弔問客がやってくる葬儀を自分ひとりでこなせるわけがない。
 けれど社長は「違う違う」と訂正する。
「ごくごく小さな身内だけの葬儀をしたいそうだ。新しい当主様のご希望だ」
 まずは会いに行ってくれ、と電話を切られた。
 簡単に荷造りをして、再び村に戻った。
 屋敷は静かだった。以前の葬儀のときに会った使用人の男が兄弟のひとりが眠っている部屋まで案内してくれたが、兄弟の両親は見当たらなかった。
 広い和室の奥に白い布団が見える。顔は見えない。
 部屋に足を踏み入れると、背後で使用人の男が襖を閉める音が響く。
 少しずつ歩みだし、子どもの顔が見えてくる。
 やはりあのときの彼だ。どうしてこんなことに。
 信じられなくて、必死に記憶を読み取ろうと死に顔を覗き込んだ。しかしそこにはなにもない。
 こんなことは初めてだった。
 隣に突然あらわれた気配に振り返ると、彼の兄弟がそこにいた。
「きみ……」
「僕の顔になにかついている?」
 涙が、流れた。
 生きている彼の中の記憶に。なぜ。どうして。
「どうして……」
「また会えてうれしい」
 うれしそうに子どもが笑う。本心だとわかった。
 でもどうして。
「……どうして?」

 どうして彼は、自分の兄弟を殺してしまったのだろう。
作品名:葬式の話 作家名:るーい