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K.K.P.#8 『 うるう 』二次小説

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もう一人の御伽話


彼は、私の最後の友達だ。

 私が、そのとき住んでいた地元の小学校に入学してまもなくのこと。
 父の仕事の関係で、私たちは家族そろってとある田舎の町に引っ越しをすることが決まった。
 当時私には、幼稚園の頃からともに過ごし、ともに小学生になった友達や親友が少なからず存在し、彼らと離れたくなかった私は、引っ越しを相当に嫌がり、相当に両親を困らせた。
 もちろん私の頑張りなどとは無関係に引っ越しは決行され、長く短い付き合いだった同級生たちとの涙ながらの別れを経て、私は新しい町の小学校に転入したのだった。
 私にとって幸いだったのは、転入したその日にどっと友達ができたことだ。都会からの転校生、というのがよほど珍しかったのだろう。
 最初に仲良くなったのが、そのクラスでのいわゆるガキ大将だったのも運が良かったのだと思う。私はすぐにクラスに受け入れられ、気づけば人気者にまでなっていた。
 おかげで、都会の友達との別離の傷はそれほど苦にならなかったし、三十人の友達と過ごす田舎生活は、刺激にあふれていてとても楽しかった。
 ただ、意図せず手に入った「人気者」の立ち位置は、私にとっては違和感を覚えるものであった。
 それまでは「誰かの友達」にしかならなかった私にとって、誰からも好かれる「人気者」の立ち位置は、むしろ疎外感を覚える要因の一つになっていたのだと、今は思う。
 贅沢な話かもしれないが、おそらく私は「都会からきた転校生」ではなく「ただの友達」になりたかったのだ。
 もう一つ気になったのは、町に隣接している森のことだ。
 学校や町中はどこでも喜んで案内してくれた友人らが、森の話になるととたんにおびえてしまうのだ。
 あのガキ大将までも同じ反応を見せるのが、私には不思議でならなかった。
 その後、学校の先生に聞いて分かった話だが、あの森には「うるう」と呼ばれるお化けがでる、という噂があるのだそうだ。
 それは、とんでもなく大きな鳥のような姿をした怪物で、夜毎「うるう、うるう」と鳴き声をあげる。そして、鳴き声に誘われて森に入ってきた子供たちを捕らえて食べてしまうのだという。
 おそらく、この町で生まれ育った子供たちは、物心つく前からずっとこの「うるう」の話を聞かされていたのだろう。
 あるときは森から子供を遠ざける手段として。あるときは言うことを聞かない子供を操る手段として。
 そして「うるう」の存在はいつしか子供たちの心に疑いようのない真実として刷り込まれ、もはや森のことを考えるのも怖い、という状況になっていったに違いない。
 と、今でこそそう考えることができるが、当時の私には、先生にその噂を聞いたあとでも、同級生たちの態度が理解できなかった。
 自然の森はもちろん、オカルト的な話などほとんどないような都会に住んでいた私にとって、その噂は森への興味を増長させるアクセントにすらなった。
 そして、新しい家も新しい町も新しい学校も探索し尽くした私の興味は、必然的に森へと向かった。
 親切なクラスメイトたちは、休み時間ごとに私を遊びに誘い、放課後になれば皆がそろって私と一緒に下校したがり、ちょっとでも私が森に興味を持つと全力で止めてくれるものだから、森に実際に入れるようになるには、クラスメイトたちの私に対する興味が薄れてくるのを長く待たなくてはならなかった。
 そして、私が森に入るには、友達はもとより、子供たちを危険な森から遠ざけようとする大人たちの目も欺く必要があった。

 その日はたまたま、一緒に帰ろうと声をかけてくる者がいなかった。
 そしてその日はたまたま、森の周りに大人が見あたらなかった。
 私は家に帰ると荷物を置き、おやつを食べると、友達と遊びに行くと嘘をついて、改めて森へと向かった。
 私たちが引っ越してくるのと、時を同じくして開通したという、森の中を突っ切るようにできた一本の道。
 その道の途中にあり、以前から目を付けていた、古い蜂の巣のある木を目印にして、私は森へ分け入った。
 森の中は、今まで聞いたことのない音や、かいだことのない匂いであふれ返っていた。
 木々の隙間から木漏れ日が適度に差し込むおかげで、暗いと感じることもなかった。
 お化けがでるというぐらいだから、もっと薄暗くて陰気なところを想像していたのに。
 私には、お化けの噂がますます信じられなくなった。
 しばらく歩いていると、少し開けたところにでた。
 そして聞こえてきたのは、なんと人の話し声。
 誰もいないはずの森で、なぜ人の声がするのだろう。
 俄然興味のでた私は、耳をそばだてて慎重に歩を進めた。
 おかげで、前方ばかりを気にしていた私には、地面に明らかに掘り返したような跡があったのに気づけなかった。
 足の裏にそれまでとは違う感触を覚え、次の瞬間、視界が土で覆われた。
 木でできた鈴が鳴るような音。
 少しして、自分が穴に落ちたということに気がついた。
 先ほどまで私の興味を引いていた声が、ぶつぶつとつぶやきながらこちらに近づいてくる。
 そして、私と彼は出逢った。

 それは、おじさんだった。
 おじさんなのに、髪がすべて真っ白だった。
 おじさんは、つぎはぎだらけの変な服を着て、私を興味深そうに眺めていた。
 最初はお化けかと思った。というか絶対そうだと思った。
 そりゃそうだ。だって、お化けが出るともっぱらの噂で、大人ですらよほどのことがなければ立ち入らない森に、人間がいるだなんてまさか思うわけがない。
 私が落ちた穴は、そのとき私が直感したとおりに罠だった。そんな状態で出会った彼のことを、私を罠にかけて捕まえて食べようとしたお化けだと思ったとて、それは仕方のないことではないか。
 極めつけに、私を見た彼の口から最初に飛び出したのは「人間の子供だ」だったわけだし。
 だが、彼は人間だった。
 動揺したせいか、私はその兎捕り用の罠に何度も落ちて、そのたびに同じやりとりをした。
 そして結局私は、彼の名前と「うるう」という鳴き声の正体、そして「私とここで会ったことは誰にも言うな」という言葉だけを受け、彼によって森から追い返された。
 そんな忠告をされずとも、そもそも隠れて森に入った私が、わざわざそんなことを言い触らすわけはなかったのだが。
 帰路では、念には念を入れて服や髪を何度も払っていたおかげか、私が森に行っていたことに気づくような人間は一人もいなかった。
 もしかしたら両親ぐらいは気づいていたのかもしれないが…彼らは子供の行動にいちいち口を出すタイプではなかったのである。
 そうして、お化けの正体を知った私の、森への興味は薄れる…どころか日に日に増していった。
 いや、あのときにはすでに、私の興味は森から彼に移っていたのかもしれない。
 私は、「森に入ることは禁止されなかった」という理論を盾に、一週間もしないうちに再び森へと侵入した。
 はたして、彼はまだそこにいた。というより、そこは彼の家だったようなのだ。
 なぜ、彼はたった一人でこんな森の奥深くに住んでいるのだろう。
 この人は自ら望んで、ここに一人でいるのだろうか。
 もしかして…彼も私と同じなのか?