K.K.P.#8 『 うるう 』二次小説
彼と、「この森はどこまでが彼の家でどこからがただの森か」という問答をしていたとき、不意に、森に来る理由を聞かれ、私は思わずこう答えた。
「僕はひとりぼっちなんだ」と。
彼はその言葉に、ただならぬ興味を持ったようだった。
だから私は相談してみることにした。
私が当時感じていた「ひとりぼっち」について。
だが…その話をしている最中から彼の態度が明らかにかわっていくのがわかった。
どうやら、私と彼の「ひとりぼっち」にはずいぶんな隔たりがあったようなのだ。
彼のなんともいえない表情の理由が、今ならよくわかる。きっと今の私が同じ話を聞かされても、同じような顔をしたに違いない。
結果、私の体験談は彼の琴線に触れ、おかげで今度は「二度とここにくるんじゃない」の言葉を付け加えられて、私は彼の家兼森から追い出された。
そのときの会話の内容から、彼があえてひとりぼっちで、あえてこの森深くに住んでいる、ということはわかったが、その理由はよくわからないままだった。
私は懲りずに森に通った。
何度穴に落ち、何度邪険にされ、何度追い返されようとも、私はほとんど毎日森に通った。
今まで出会ったことのない種類の人間である彼のことが、私は気になって仕方がなかった。
彼は毎回私に「口外しないこと」「二度とこないこと」を約束させ、ときどき私を穴から救いあげた。
私は「口外しないこと」だけはしっかりと守り続け、森に入るときも一切警戒を怠ることはなかった。
おかげで、回数を重ねるごとに、それほど警戒せずとも誰にも気づかれずに森に入ることが可能になっていった。
季節が本格的に夏に変わりつつあったある日のこと、私がいつものように彼の家まで来ると、彼は夢中になって何かの作業をしていた。
挨拶もそこそこに、すぐ作業に戻った彼を見て、私は最初の頃こそ彼のすることを眺めていたのだが、そのうちに飽きてしまいふと、彼の“家”の探索をしようと思い立った。
ただ、家、といっても、そこは知らない者にはただの森だ。
食卓らしき森、彼が「居間」だと言った森、なにやら木くずがたくさん落ちている森、何かに使われているとは思われるが、なにに使われているかはわからない森なんかを歩き回ってはみたが、正直言ってとくに面白くはなかった。
探索を終え…というか飽きて、最初の場所に戻ってみると、彼の姿はなくなっていた。
この場所が一番探索のしがいがありそうだと感じていた私は、彼がいない間に、いろいろと見て回ることにした。
普段彼がいるせいで入れなかったエリアに足を踏み入れる。最初に目に付いたのは、本棚だった。
手製と思われる素朴な本棚に、たくさんの本が入っている。
近づいてみると、棚に入っていたのはほとんどが日記帳やスケッチブック。
興味本位で手近なスケッチブックを一冊抜き出して開いてみると、そこに描かれていたのは年齢も性別も様々な、たくさんの人の絵だった。
一人一人の人間が、顔から体型から服装まで丁寧に描かれていて、上手いな、と子供ながらに思った。
と、それは突然手から奪われ、顔を上げるそこには、彼が困ったような恥ずかしいような顔をして立っていた。
なぜこんなにたくさんの人の絵を描いたのか、理由を問うと彼は、なぜか少しばつが悪そうに「絵を描くのが好きなんだ」と言った。
それにしては人間の絵しかないような気がしたが、ほかのスケッチブックに描いてあったのかもしれないな、と思った。
次に私が興味を持ったのは、以前から気になっていた、大げさなサイズをした機械。
だがこちらは、私がそちらに視線を送った時点で彼にしっかりと牽制されてしまった。
そのかわり、彼はその機械がどういうものなのかを教えてくれた。
それは「タビュレーティングマシン」と言って、電卓が生まれる前からあった計算機なのだそうだ。
だがその機械は、最近は使っていないのだと言うことも教えてくれた。
これで満足だろう、という風に彼が息を吐く。
さっきまでしていた作業を続けたいのだろうか、彼は私に早く帰るように急かす。
そしておとなしく帰ろうとして、私は久しぶりに、わざとじゃなく穴に落ちた。
膝に小さな痛みがはしる。どうやら軽くすりむいたらしい。
異変に気づいた彼が私を穴から引き上げてくれ、そばにあった切り株に座らせる。そしてすぐそこから野草を摘んでくると、慣れた手つきでそれを私の膝に貼り付けた。
草の汁がしみる痛みに、少し涙目になった私を一喝する。
そして、彼は語ってくれた。彼に薬草のことや、そのほかのいろいろなことを教えてくれた先生のことを。
その楽しそうで誇らしげな口調や表情に、思わず私も笑顔になる。
話の内容はもちろんのこと、こんな森の中にひとりぼっちで住んでいる彼にも、大切な人がいたんだということ、そしてその話を私に聞かせてくれた事実がうれしかったのだ。
私は、彼の友達の数を知りたがった。そんなに大切な人がいるのだから、友達もいるに違いないと思った。
だが、その話を振ったとたんに彼の態度は一変し、友達はいないと強い口調で言い切られた。
ならば、私はあなたの友達にはなれないのか?
そう問うと彼は動揺して、しばらく悩むそぶりをみせ…やがて静かに首を横に振った。
「友達は作らない」とはっきり言われた。なんだか含みのある言い方だった。
その日から、私の「友達になろう」攻撃は始まった。
私は毎日森に通っては、何度も何度も「友達になろう」と言い、毎回明確に拒否された。
彼は、私と友達にならない理由に年齢差をあげたが、子供だった私にとってそれは何の障害にもならなかった。
年がいくら違おうと友達は友達だと。実際、学校の先生と友達のように付き合うのは可能だったし、それとなにが違うのかと、そう思っていた。
ある日、私が彼の気を引くために穴に落ち、それを引き上げようとした彼が私の入れ替わりに穴に落ちたとき、ついに彼の我慢が限界に達したらしい。
私は初めて彼に怒られた。
その穴は人間を落とすために掘った落とし穴じゃない、兎を捕るために掘った罠なんだ、兎が捕れないのは君のせいだ、君が来るまではなんでも一人でこなしていたんだ、私がほしいのは友達じゃなくて兎の捕り方の手引きだ!
そうまくし立てられた。
そして追い返され森からとぼとぼと帰る道すがら、私はそれまでの自らの行いを反省した。
そもそも最初から言われていたではないか、「二度とここへは来るな」と。
私は沈み込んだ。そして悩んだ。相当に悩んだ。この先どうすればいいいのかを。
帰ってきた私を見た母が、私の体調を心配するぐらいに沈み込んだ。
食事のあとで父に部屋に呼ばれ、悩みがあるなら言ってみなさいと手をさしのべられるぐらいに悩んだ。
そして…私は父に相談した。
大切な人を、自分がしつこくしすぎたせいでひどく怒らせてしまったこと。自覚のないまま、彼の邪魔ばかりをしてしまっていたこと。謝りたいのだけど、相手には二度と会いたくないと言われてしまったこと。などなど。
もちろん彼の正体は隠し、あくまでも学校の友達との出来事ということにして。
作品名:K.K.P.#8 『 うるう 』二次小説 作家名:泡沫 煙