K.K.P.#8 『 うるう 』二次小説
何しろ、そのあと私が話した子供たち撃退プランに即座に賛成したぐらいだったから。
そして、そのプランはそのまま決行された。
題して、「お化けのうるう大作戦」。
詳細は省くが、彼の作ったはりぼてと彼自身の演技力と、私のちょっとした工夫とでできあがった「うるう」に同級生たちが逃げまどう光景は、ずいぶんと愉快なものだった。
彼らが逃げ去り、二人きりになった森で、私たちはお互いの健闘をたたえあった。
そして…彼があの話を切りだした。
彼は言った。二度とここにくるな、と。
それは、これまでも幾度となく聞いたはずの言葉なのに、今までと明らかに異なる響きをはらんでいた。
彼は教えてくれた。彼―よいちという人間が、いったいどういう存在なのかを。
うるう年のうるう日に生まれた彼。
うるう年のうるう日にしか歳をとらない彼。
その長い長い生のなか、皆に置いていかれ続けた彼。
その長い長い生を、一人余り続けた彼。
これからもずっと、一人余り続ける彼。
そして、彼は言う。だから自分に友達は『いらない』のだと。
このとき、私が返した言葉を、私が忘れることはないだろう。
でもその言葉には彼の決心を変えるだけの力はなかった。
彼は言った。もう二度とここにはくるなと。
私はあきらめなかった。あきらめたくなかった。
彼の言ったことは半分も理解できていなかった。
でもここであきらめてしまったら、きっと私はもう二度と彼には会えない、それだけはわかったから。
私は何度も何度も彼にすがりついた。
彼は何度も何度も私を拒絶した。
そして…
彼は「うるう」の扮装を身にまとうと、言った。
私はお化けのうるうなんだ。お化けは人間と友達にはなれない。私たちは一緒にいることはできないんだ!
違う、あなたはお化けのうるうなんかじゃない。私の友達だ! そう言い返したかった。
でも、できなかった。
彼の表情があまりにもつらそうで、今にも泣き出しそうで、それを見たらもうなにもいえなかった。
気持ちがどうにも制御できなくなって、私はたまらず走り出した。
背後へ、森の外へと。
後ろから追いかけてくる鳴き声に背中を押され、何かをこらえて走り続けた。
森を抜けたところには、何人かの子供たちと何人かの大人たちがいた。
だがそんなものには目もくれず私は走り続け、家に帰って自室に飛び込むと、ドアに鍵をかけて閉じこもり、そこでようやく大声を上げて泣いた。
全力で泣いて、涙を振り絞って、泣きつかれると深く深く眠り込んで、そのまま数日間引きこもり続けた。
両親はなにを察してくれたのか、私が引きこもっている間中、私の行動について触れてくることはなかった。
学校に行けと催促されることもなく、かといって放置するわけでもなく、ただ身の回りの世話だけはしてくれて、私が自分を取り戻すまでじっくりとつきあってくれた。
結果、あのときなぜ森の外に人が集まっていたのか、あれから森がどうなったのかを知ったのは、しばらく経ってからだった。
以下は、私が後になって子供たちや大人たちに聞いたことを分かりやすくまとめたものだ。
あの日、森を逃げ出した子供たちのうち何人かが、親や先生に「さっきうるうに襲われた話」をしたらしい。
話にはありがちな尾ひれがいくつかついたが、その中でも有力だったのが「自分たちを森に案内してくれるはずだった子が森に入ったまま帰ってこない。きっとうるうに食べられてしまったんだ」というやつだった。
もちろん、大人たちがその話を真に受けるはずはない。
が、子供たちが森に入ったのは事実で、その森は子供たちに入ることを禁じていた森だ。本当に何かあったのだとしたら大変だ、と、何人かの大人たちが私を捜す目的で森に入ろうとしていたところに、ちょうど私が森から飛び出してきたのだそうだ。
私が見つかったことによって、性急に森に入る必要性はなくなった。
だが、多数の子供たちの目撃証言や、森から飛び出してきた私の尋常でない態度などから、あの森で何かがあったのは事実のようだ。
そう話はまとまり、大人たちは数日後、装備を整え改めて森に捜索に入ったのだという。
だがそれで見つかったのは、せいぜい十数年以上前に人が住んでいたのではないかと思われるたき火の跡や、そこで食べられたのだろうと推測できる動物の骨のかけら、それと数百年は生きていると思われる巨木が見つかった程度で、きっと子供たちはこの巨木をお化けと見間違えたのだろうということで、一連の騒動は終息したのだそうだ。
彼は誰にも見つからずに、森のもっとずっと奥へ逃げ込むことに成功したのだ、と思うと、安心したような寂しいような変な気持ちになった。
この事件以来、森の周囲には誰かしら大人が立っているようになり、隠れようとしなくても森に入るのは難しくなってしまった。
一度だけ、大人の目を盗んで森に入れたことがあったが、彼がいたはずの広場にはなにも、あの大きなタビュレーティングマシンさえ残されていなかった。
彼が父と呼んだ巨木、グランダールボがいなければ、そこがその場所だと気づくことすら難しかったかもしれない。
そこで私は、さわさわと揺れる枝葉の音を聞き、グランダールボの声を聞こうと少しだけ耳を澄ました。
そして、どうしようもない感情の波に襲われ、グランダールボに触れながら少しだけ泣いた。
それからの私の日々は、森に入る以前のものへと戻っていった。
私が学校に復帰してすぐの頃は、さすがに友人たちとの間にぎこちない空気が漂ったものの、数日でそれはなくなった。
きっと私が転校してきたときと同じように、ガキ大将だった彼が積極的に話しかけてくれたからだろう。彼とは今でも親友だ。
それでも、森に関する話だけは、それまで以上に口にされることはなくなった。
その後、私は何度かの転校を経験し、高校に入ったのを期に都会で一人暮らしを始めた。
音楽大学へと進学すると、弦楽器を中心に様々な種類の楽器に触れ、クラシックを中心に様々な種類の音楽を勉強し、大学卒業後には、本格的に音楽家としての活動を始めた。
そして、音楽家としてある程度の成功を収め、妻と一緒になり、二人の間に息子を一人もうけた頃、自身の音楽の発展のため、とある田舎の町へと引っ越しをした。
そして…私と彼は同い年になった。
作品名:K.K.P.#8 『 うるう 』二次小説 作家名:泡沫 煙