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ある朝のこと

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「アンディ、あと15分だぞ」
 顔を洗って制服に着替え終わったアンディに、ウォルターが学校の始業時間に間に合うだけの時間を告げる。あと15分で寮を出ないと危ないということだ。ちなみに、ウォルターの方は後10分でギリギリ。
「わかってる」
 もう目はパッチリさめている。いそいそとテーブルにつく。そして、ウォルター特製のサンドイッチを手に取る。
 クロワッサンを真ん中で半分に切って、中にハムとレタスを挟んであるもの。側には湯気の立つコーヒーにミルクと砂糖入り。
 とうに食堂で食べているはずのウォルターも席に着く。アンディの真向かいだ。
 すでに学生服の黒い上着を身に着けて、足元にはスポーツバッグを置いている。学校へ行く準備は万端なので、アンディと話をするために席に着いたことがわかる。
 ちなみに、中等部は赤いブレザーに黒いネクタイ、高等部はその反対と、区別がつくようになっている。が、私服も可の学校で、たいていの学生は私服を着てくるので、あまり意味はない。
 ふたりは、きちんと制服を着ている必要があるので、そうしている。
 アンディの食べる様子を、満足そうに目を細めて見つめながら、ウォルターは言う。
「今日は執行部、中高合同会議があるからな。ちゃんと忘れずに来いよ」
「うわ……めんどくさいな」
 アンディはサンドイッチをパクつきながら、思わずこぼす。
 ウォルターは高等部の生徒会執行部員、アンディは中等部の生徒会執行部員、ともに平だが。
 きちんと制服を着て学校に通わなければならない原因である。
「ああ。ダリぃよな」
 アンディの言葉にウォルターも頬杖をついて愚痴をこぼす。
「またいくつか問題のある部活が見つかったらしい。近く立ち入り調査だな。おそらく潰すことになるんだろうけど。また恨まれるな、俺たち」
 ニッと口の端を持ち上げた皮肉げな笑みを見せる。
 ウォルターは続けて言った。
「報復に気をつけろよ、アンディ。こないだ仲間が襲われたって。ガスガンとか催涙スプレーとかスタンガンとか。容赦ねぇからな」
「楽しい学園生活だね」
「他人事じゃねぇぞ」
「わかってるよ」
 嫌というほどわかっている。
 口の端についたパンくずをぬぐいながら、アンディは静かに話す。
「教室でだって村八分だ。生徒会の手下、教師の犬、たいした嫌われっぷりだよ」
 『あー……』とウォルターが天を仰いでぽりぽりと頬をかく。
「……まあな。俺も同じだ。けど、仲間がいるからな」
「別にいいよ」
 慰めを口にしようとしたウォルターをじっと見据えて言う。
「みんな怖がって近寄ってこないだけだし。嫌がらせされたって平気だし。報復に遭っても負ける気はない。大丈夫だよ」
「……なんか、逆に心配なんだけど」
 ウォルターの笑みが引きつる。
 でも、それくらいの強さがないと執行部にはいられない。
「そんなことより、問題は……」
 言いかけて、アンディは口を閉じる。
 幼馴染みのことなんだけど、と言おうとした。
 そして、ものすごく後悔した。
「なんだよ? 問題は、って。何か悩みでもあんのか?」
「なんでもないよ」
 問い詰めるウォルターを軽くかわす。
「そんなことより、もう時間じゃない?」
「うお、やべっ」
 ザッと立ち上がったウォルターがアンディに指を突き付けて言う。
「放課後迎えに行くから待ってろよ!! それから、昼も行くから、今のことちゃんと話せよ!!  じゃあな」
 アンディは無言でコーヒーを飲みながら見送る。
 パタン……と部屋の扉が閉まった。
 コーヒーを持つ手を静かに下ろす。
 そしてため息を吐いた。
「危なかった……」
 とんでもない悩み相談をするところだった。
 幼馴染みにキスされています、なんて。
 とても話せる内容ではない。
「かわりの悩みでも考えておこうかな……」
 昼になったら問い詰められる。それまでに……。
 アンディは残りの時間をささいな日常の問題点を探すことに費やした。


作品名:ある朝のこと 作家名:野村弥広