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入水だろうか

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1.山本武




綱吉の母はおよそ娼婦に見えない女だった。目は大きく頬が丸かったからか少女のように何も知らない様子をして、唯一腰まで真っ直ぐに伸びた栗色の髪があどけなさをわずかに打ち消すのみである。
彼女は夜の女というよりはむしろ朝昼の方がよく似合い、日の高い頃に会いに来る客もよくいた。彼女はそれを笑って招き入れ、何事もせず代金が支払われずとも嫌な顔はちっともしなかった。
そんな性格ゆえか、男たちは皆、一夜の遊びというよりも母親や恋人と過ごすようにして彼女のもとを訪れた。
商売の割には子供は一人しかおらず、綱吉はよく自分で、失敗したのだねと母に話した。その度に母は冒険話でもするように自慢げに、ちょいと仕込んだのよと答えた。まるでわざとだと言っているようで、真意はついぞわからなかった。
当然ながら綱吉は父親を知らない。母は知っているかどうかも、確信している相手がいるのかどうかも言わないまま、綱吉が12のとき流行り病で死んでしまった。綱吉の顔は母親に瓜二つ、父親に繋がる糸はぷつりとそこで闇にのまれることとなった。
母の死後綱吉はそれなりに苦労した。親戚は誰も知らず、母の客がいくらか援助をしてくれたものの、その度に女の子であれば働けたのにと思った。
それを言うと、そうさなぁと返す大人も少しはいたが、だからこそ男でよかったよと同情を寄せる大人の方が多かった。
あまり気持ちのいいことではなくて、綱吉はすぐにその事を話さないようになった。母の仕事は綱吉にとってはしごく普通の仕事だったし、なにより母が好きだったから、否定的な男たちの態度は残念だった。
彼らの中には綱吉を養子にと誘う者もいたが、大抵が一度断るとそれきりだった。綱吉が首を横に振るとそれまでの重い表情は放り投げて、「困ったことがあれば」とそそくさと逃げるように去っていった。もしかすると綱吉ではなく綱吉の拒否に用があっただけかもしれない。
しばらくすれば男らも自然と足が遠退き、残ったのはそうさなぁと返したうちの更に数人だった。
新聞配達と、男のうち一人が紹介してくれた個人店で住み込みの店番をして綱吉は日々をしのいだ。学校側は綱吉の母の職業にいい顔をしなかったので、深く関わってこなかったのが幸いだった。そもそも母の葬式はなく連絡なぞしていなければ綱吉の事情について知りようもなかったし、学校の誰にも教えるつもりはなかった。
ただ、小学校3年の時の担任の先生にだけ、自分から話しにいこうと決めた。
山本武というその教師は、プロ野球選手になりたかったのだそうだ。当時は子供みたいな夢だと思っていたけど、大人たちの噂によると本当にプロ野球選手になれるような、全国的に有名なすごい選手だったらしい。故障したんじゃないかとも聞いていたが、さすがに本人に聞けなかったので事実は知らない。
その山本先生だけは綱吉の話す母の話もよく聞いてくれたし、面倒もみてくれた。
3年生は綱吉にとって一番楽しい学年だった。
クラスは安定していて、勉強がわからなくてドジくさくても誰も綱吉をからかわなかった。今でもその時のクラスメートは綱吉を助けてくれることが多い。
放課後の職員室に入ると、何対かの目が綱吉を見てくる。居心地の悪さを感じていると、山本先生が手を挙げて声をかけてくれた。それだけで息を吐き出せる。
「ツナ!」
「先生」
「どうした、なんかあったか?」
「うう……や、何もないけど」
その言葉でいくつかの目は綱吉から外れる。綱吉は少しだけ声をおとして、山本先生を手招きした。女子と保護者に人気があるかっこいい先生の顔がよってくる。
「ちょっと話があって」
「ん、じゃ一緒に帰るか!」
まだ仕事が残ってるだろうに山本先生は快く手早く身の回りを片付けて、綱吉の横に戻ってきた。山本先生の車でドライブして送ってもらいながら話すのが二人の習慣だった。
綱吉は逃げるように職員室を後にして、靴をはきかえて駐車場へ回った。職員玄関から出た先生はとっくに黒いフォルムの車に乗って綱吉を待っている。
助手席に乗り込んでシートベルトをしめたのを確認して、山本先生がキーを回してエンジンをかける。
学校の敷地を出る前にと、慌てて綱吉は口にした。
「先生、俺家が変わったんだ」
「了解、どの辺?」
「病院より向こう」
「んじゃ、適当にぐるっとしたら向かうから、近づいたら教えてくれよな。それにしても、ずいぶん遠いなー。朝大変だろ」
「……うん、まぁ」
新聞配達をしてるからか、むしろ遅刻は減ったぐらいなので何から話そうかと綱吉は返事を濁した。
しばらく山本先生も綱吉も黙り続けていたが、信号もない海辺の道に来ると、山本先生がおもむろに聞いてくれた。
「ツナ、なんかあったのか?」
「先生……母さんが死んだんだ」
核心を話すと山本先生は珍しく口ごもって、いつもみたいに気のきいたことは何も言ってくれなかった。それで、しょうがなく綱吉は一人で話し続けるしかなかった。
「病気だよ。病院行くべきだったのかもしれないけど、母さん行かなくって、保険証とかなかったし、しょうがないんだけど。平気そうだったし、すぐ治ると思ったんだ。でも治んなくて」
ある朝、母の様子がおかしくて、けれど何がおかしいのかよく分からなかった。息をしてないとも体が冷たくなってるとも思い至らなかった。ただ目を閉じて静かなのは、寝ているからじゃないことだけ分かった。
はっきり違うのだ。
「俺、悲しかった」
言って、そうか悲しいんだと思った。生活していくことにいっぱいで、遠くに押しやっていたものがものすごい勢いで駆け戻ってきた。
「寂しい…」
涙がボロボロでて、これからのことも不安も何も考えずにただ激しく暴れ始めた気持ちに身を投げ出してわんわん叫ぶように泣いた。
山本先生が抱き締めてくれたことに落ち着いてくるまで気づかなかった。本当はいけないことなのに、山本先生が父親だったらと思った。
綱吉は来年中学生、小学校の山本先生と別れなければならない。山本先生もいなくなって、一人でどうすればいいのだろう。
ようやく止まった涙もまた溢れてきて、まだ底は見えないようだった。


作品名:入水だろうか 作家名:ぴえろ