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入水だろうか

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獄寺の部屋は綱吉の兄弟の部屋とはまた違う様式をしていた。鼻に絆創膏を貼ってもらいながらぐるりと目だけで見回す。寮の部屋は2部屋宛がわれるらしいが、ドアを開けてすぐの部屋が、綱吉の兄弟の方はソファやリビング空間だったのに対して、獄寺の方はベッドやクローゼットと寝室になってる。奥の部屋も寝室らしい。
寮は部屋のみ与えられ、あとは好きに自分で家具を揃え改装するのが通例らしかった。彼は昨年まで兄弟と一緒だったらしく、その名残で寝室が二つあるのだという。
「綱吉さんは手前の部屋を使ってください。姉貴のなんでちょっと女っぽいですが、そのうち変えていきましょう」
「このままでいいよ」
「そうっすか?」
部屋は毛の長めの絨毯と白い清楚なベッド、シンプルなオークのディスクに空の本棚。そこまで女性を協調されてない。第一綱吉には文句を言って部屋を改造するような筋合いもお金もない。
いくらか埃を被っていたのを掃除して、綱吉は学校の細かい仕組みをきいた。
制服の値段を聞いたときは飛び上がって驚いた。綱吉の生活費が軽く5ヶ月分は飛んでいく。
「すみません。俺のを貸せたらよかったんですが」
並んでみてもまず肩幅から違う。綱吉の体は平均的だが、獄寺と比べれば発育不良に見える。
「何食べてそんなにおっきくなるの」
「俺の場合はハーフなので」
「ハーフ!?」
確かに彫りは深い方だし、銀髪も染色にしては自然だ。
「日本語上手いね」
「日本育ちですから」
「えっじゃあ外国語は喋れないの」
「イタリアにもしばらくいたので英語とイタリア語なら」
「すごい!」
綱吉が感嘆の声をあげると、獄寺は照れくさそうに視線を泳がす。
「肝心なのは、なめられないことです」
お気づきでしょうが、と前置きして彼はこの学校の至るところに転がる劣悪な競争原理を綱吉に教えた。
成績は基本的に非公開だが、どこかで出回ってるのか、生徒はすぐに嗅ぎつけるのだと言う。
「どの科目でもいいので一つ上位にはいることをおすすめします。得意教科はなんですか?」
「…………ごめん」
全部下から数えた方が早いなんて申し訳なくて言えなかった。小学校でついていたあだ名はダメツナだ。
獄寺も困った顔をしたが、彼はいい人だ、けろりと顔を変えて笑う。
「夏休みの間に対策を練りましょう。それより買い物は明日でいいっすか?」
「う、うん」
「外出届は前日までに二人以上で申請が必要なんです。夕飯の時に一緒に取っちまいましょう」
「夕飯はどうするの?」
「食堂です。朝昼晩で時間枠があるので気を付けてください」
ちらりと時計を二人で見ると、6時を回っている。行ってみますか、と獄寺が聞いたので、こくりと頷いた。おそらくもう食堂では晩御飯の時間になっているのだろう。
獄寺につれられて食堂があるらしい寮の一階へいくと、ちらほらと生徒が散らばっている。獄寺同様、夏休みに帰らないタイプなのだろう。
全員獄寺と綱吉を見てぎょっとしている。
すいっと目をそらす人が多いのに、綱吉はなんだか胃袋が落ち着かなかった。獄寺は見た目はとても怖いし口も悪いが、親切だし照れ屋なのだ。なんだかなぁとこの学校の仕組みを思う。なめられてはいけないと、最初に忠告しなければいけないなんて、綱吉は眉尻を下げてしまう。今までの学園生活はさんざんだったが、今度もそれなりに嫌な感じだ。
食堂脇で獄寺が外出申請をするのを見ながら、ため息をおしころした。
食堂の制度はカウンターに並び、出されたものを受けとるだけ。今夜はカレーだったが、それでも高そうに見えたのは気のせいだろうか。
「オレ水とってくるんで、綱吉さんは場所取りをお願いしてもいいっすか?」
「………席はどこでも良いんだよね?」
「はい!」
家柄別で席区分までされていたらたまらないと思ったが、さすがに考えすぎだった。
一人先に適当な机につきながら、獄寺の行き先を見て水の場所を確認する。
人が少ないのもあるが、獄寺はよく目立った。髪の色や背丈の他に、彼の放つ攻撃的なオーラのせいでもある。そしてすぐ彼が彫刻のようにとても整った顔をしていることに気づいて目で追ってしまう。友達になってなんて早まったことを言ったんじゃないか、いまさら落ち着かない。
ざっと見て、獄寺の他にも髪が黒くない生徒が何人かいた。一際赤い髪もいたが、染めているというよりはやっぱり自然な色なので、獄寺のように地毛だろう。
何となく見ていると、赤毛の彼と目があった。綱吉ほどの身長に、鼻の頭に綱吉と同じように絆創膏が貼ってある。彼もどこかで転けたのかもしれない。
なんとなく親近感がわくと思ったのは相手も一緒なのか、曖昧に笑った綱吉に軽く頭を下げた。
彼は少し進んでから思い直して、振り替えって綱吉に寄ってきた。
「転校生?」
「うん。俺、沢田綱吉、あっ沢田は旧姓なんだけど」
「ツナ君」
「うん」
なんだかぼんやりした印象の子だ。焦点が鈍いと言うか、どこを見てるんだろうと思わせる目だった。
「君は…」
「古里炎真。ツナ君、この学校のこわい人には気をつけて」
「え?」
やっぱり最初に言われるのは忠告らしい。
詳しく聞くより先に、見たらわかるから、と炎真は小走りで綱吉から離れていった。
呆然としていると、その顔に戻ってきた獄寺が面食らった。
かくかくしかじかと事情を説明する。炎真の言うことは抽象的すぎてピンとこない。
「怖い人っすか」
「不良ってことかな?」
「この学校にそんなのいないっすよ」
外見や行動、能力は家名に全部響くのだ。
「えっ」
君はまさかその外見に無自覚なのか。
獄寺君がいるじゃない、と言えるわけもなく。聞き返してくれた彼になんでもないと首をふった。
誤魔化すようにカレーを食べるが、辛さで顔がひきつって、食べ終わる頃にはシワだらけになってそうだ。味は普通に美味しい。正直一流品なのかもしれないが、綱吉としては公立の中学に給食で出てくるカレーと変わらない味だ。ただし甘口しか食べれない綱吉の舌にはヒリヒリときつい刺激が残る。
食堂にいる生徒を見回す。炎真は見たらわかると言ったのだから、他の生徒とはなにか違うのだろう。綱吉も、関わるとヤバイ人にはいじめられっこだったものだから鼻が利く。
前途多難なのか始まる前から分かりすぎて、綱吉は胃の底が既に重い。



作品名:入水だろうか 作家名:ぴえろ