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ある昼のこと

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「あー……」
 アンディがチャイムに天を仰いで疲れたため息まじりの声を漏らす。
 これならひとりの方がよほど早く終わったし、楽だった。
 バジルが不機嫌そうに言う。
「おい、放課後あけとけよ。誰にするかくらい決めておきたい」
「ボクは無理だ。今日は執行部がある」
「休めよ」
「無理。それに今日は中高合同会議だし。迎えが来るから」
 アンディはきっぱりと断る。
 バジルが目をすっと細めて、なんだかジロジロとアンディを眺める。そして嫌そうに顔を歪めて吐き捨てた。
「あの汚い奴と一緒に行くのか」
「汚い奴……」
 バジルに言わせるとみんな『汚い奴』だ。
 アンディの疑問に、バジルが答える。
「あの真っ赤なニワトリ頭だよ」
「……ウォルターのこと?」
 ……真っ赤な頭は確かにそうだが、ニワトリ頭とは……。
 バジルはイラついた様子で、蔑むような目をくれて、冷たく吐く。
「汚ねぇ奴同士、お似合いだな、おまえらは」
 アンディは、きょとん、とする。
 何を言ってるんだか。それがどうかしたのか。
 同じ執行部の先輩で、まぁついでに言えば寮の同室でもあるウォルターと、一緒に部室に行くことは……今日は会議なので会議室だが……当たり前のことなのに。
 それなのに、なんでそんなに嫌そうに。
 バジルはウォルターが嫌いだからだろうけれど、それにしたって……。
 自分とウォルターが一緒に行くことは、バジルには関係のないことなのに。
「おい、アンディ」
 呼ばれて、自然とうつむいてしまっていた顔を『ん?』とあげる。
 バジルの顔が間近にあった。
 驚きに目を見開く。
 ツッ……と唇と唇が触れ合った。
 そして、すぐにそれは離れていく。
 一瞬してから、アンディはバッとはじかれたように身を離す。椅子をギリギリまで後ろに下げて、バジルから距離を取る。
 バジルが顔の横に立てて開いていたノートをパタンと閉じて机の上に置く。その顔は、何事もなかったかのように、平然として。
 そう、キスは開いたノートで隠されていた。
 アンディはうつむき、頭を抱える。
(またキスされてしまった……!)
 気をつけていたつもりなのに、隙を見せてしまったことへの後悔。自己嫌悪。
(ああもう……最悪)
 とりあえずキスの衝撃が強すぎる。
 それから誰かに見られたのではないかと気付いて、ぎょっとした。
 慌てて辺りを見回す。
 窓際の席だし、ノートで隠されていたが、それにしたって。
 いくら授業が終わって昼食の時間になったからといって、教室にはまだたくさん人がいて、誰に見られていないとも限らない。
 だが、幸い気付いた者はいなかったようだ。
 気付いていても知らん振りしているだけかもしれないが。
 クラスメイトの教室での同性同士のキスなんて。気付いたってどうしていいんだか。
 パッと辺りを見回して安心して、振り向いてアンディはバジルをにらみつける。
 何してくれるんだ、と。
 バジルは澄ました顔をしていたが、ニヤリと笑って、『放課後、時間作れよ』と言った。
「だから無理だって言ってるのに……」
 一応教科書を立てて口元を隠してぼそぼそと言う。
 バジルは教科書をまとめて小脇に抱えると立ち上がった。そして、親指を立てて教室の入口の方を示す。
「アイツが迎えに来るまでの間なら構わないだろ」
 アイツ……?
 アンディはバジルが指した扉の方を見る。
 開け放たれた教室の入口には、真っ赤な髪に黒いブレザーの上級生の姿。
「……ウォルター……」
 目が合う。せいいっぱい見開かれた目と。
 ウォルターは口も大きく開けて、ぽかんとしていた。まるで、何か信じられないものでも見たように。
 いや、見たのだ。
 それは、もちろん、その大きく見開かれた目が見つめる先で起きたことに違いなくて……。
 アンディはウォルターと目が合っていて……。
(……キス、見られた……!!)
 すべて考えあわせると、答えはひとつしか見当たらない。
 ウォルターに、バジルとの、キスを見られた。
「じゃあな」
 楽しそうにニヤついてバジルが去っていく。ご機嫌で。
 後に残ったアンディは、これからを思いやって大きなため息を吐いた。



作品名:ある昼のこと 作家名:野村弥広