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寂しい仔狸の噺

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竹千代は仔狸である。
それもただの畜生ではない。
本人も最近自覚したのだが、竹千代は化け狸の類であった。
妖し者といえるかもしれないその身は、己が化生だと知ってからは生まれ落ちた時の毛に覆われた畜生の姿よりも、頭と尻にそれぞれ獣の尻尾を生やした人間の形をとっていることが多い。
仔狸であるため人間の形をしてもその見目は幼く、年の頃はせいぜいが齢十を過ぎた程か。
ざんばらな黒髪に顔の真ん中で二つの大きなどんぐり眼がくりくりと動く童子の様だった。
竹千代には親がない。
代わりに何かと面倒を見てくれる親代わりの狐がいる。
名を、三成と言った。
この狐も同様に四足歩行の畜生ではなく、普段は異様に白い肌に怜悧な鋭い目を持つ銀髪の青年の姿をとっていた。
しかしこの三成に関しては化け狐の名にふさわしく、獣の姿の時のその身体は銀を纏っていた。
さて、ただの仔狸として生きていた竹千代に化生の自覚を促したのは何を隠そうその銀狐なのだが、その出会いに触れるならばまず竹千代の生まれから語らねばなるまい。


竹千代は人里近くの山で四匹の兄弟と共に産まれた。
しかし母狸は生まれたばかりで目も開かぬ我が子から何を感じ取ったのか。
他の四匹の仔に乳を与える一方、放られたまま弱っていく赤子の竹千代には目もくれなかった。
たった一匹だけに、その育児を放棄したのである。
産まれて一度も母の乳を与えられない竹千代の小さな命はまさに風前の灯火だった。
それは幸か不幸か、兎にも角にも転機は訪れた。
竹千代の母が山に入ってきた猟師の凶弾に倒れたのだ。
母は巣の近くで息絶えたため、巣の中にいた仔狸たちは容易に猟師に知れた。
猟師は母の死骸を腰に括ると、哀れに思ったか残された仔狸たちを皆抱えて山を下りた。
猟師は生きた仔狸たちを抱えたまま人里の公家屋敷へ新鮮な狸の肉を届けた。
ここからは本当に竹千代の運が良かったとしか言えない。
普段は決して裏手の炊事場など足を運ばない屋敷の主人がたまたまそこを通りかかったのである。
はたまた珍しいことに主人は気まぐれを起こした。
猟師が連れてきた子狸に目をつけたのだ。
猟師に話を聞けば、母を失った哀れな子供達だと言う。
主人は涙ながらに「まろがまとめて後見してやろう。ちょうど心慰める愛らしい犬でも飼おうと思っていたのでおじゃ」と宣った。
果たして竹千代と四匹の兄弟は餌も眠る場所も困らぬ飼い狸となった。
お公家様は他の兄弟に比べて身体が小さく貧相だった竹千代を殊更可愛がった。
「竹千代」と名付けたのもこのお公家様だ。
十分に乳代わりの餌も与えられて竹千代は弱々しい今にも死にそうな体から一転、すくすくと健やかに育った。
他の兄弟と変わらぬ身体つきになっても主は特別注いだ愛情を変えることはなかった。
幸せだった。
幸せだったはずである。
それなのに竹千代は心の何処かで空漠を抱えていた。
それは自分が母に捨てられることになった何かに起因していた。
何かが違うという確固たる感覚。
屋敷で兄弟たちと共に育つと、それを嫌でも強く感じた。
竹千代は兄弟達と上手く馴染むことができなかった。
人懐っこい質である竹千代は己の兄弟と仲良くしたくて戯れあう兄弟の中に混じっていこうとするのだが、異物を阻むように兄弟達は竹千代を歓迎しなかった。
一匹ぽつんと群れから外れて鞠にじゃれている竹千代を主は「たけちよ、たけちよ」と名を呼んで、膝に乗せて構ってやった。
竹千代は寂しい思いをしないよう構ってくれる心優しいこの主が好きだった。
しかしそれでも竹千代の空漠は埋まらなかった。
主は所詮人間だ。
同じ生き物としての仲間とは違う。
産まれたその時から自分が仲間に受け入れられないことが寂しかった。
自分が仲間とは何かが違うことが悲しかった。
主は特別に可愛がっている竹千代に鈴のついた黄色の革紐を首にくくった。
一匹でどこにいても分かるようにと、要って撫でてやれるようにとつけられた鈴だった。
けれど竹千代にはその温かな特別であすら自らの異質を表すように思えた。
そして転機はいつだって唐突に訪れる。
ある夜、竹千代はひっそり夜の散歩を楽しんでいた。
からころ鳴る鈴も、家の者を起こさぬよう気をつけて歩を進めるおかげでなりを潜めていた。
屋敷のをぐるりと覆う囲い塀沿いに歩いていた竹千代がその穴を見つけたのはただの偶然だった。
庭から外れた隅、朽ちたのか塀の下の方が小さく穴が開いてしまっている。
隠すように丈の高い雑草が生えていたので誰も気づかなかったようだ。
小さな穴とはいえまだ仔狸の体躯である竹千代がどうにかくぐれる程の大きさだ。
屋敷に連れられてからは一度として外に出たことがない仔狸は覗く外界に無性に好奇心を掻きたてられた。
少しだけ、と竹千代は思う。
少しだけここから出て、それからすぐに戻ればいい。
今は暗い夜だ、誰にもバレやしない。
沸き立つ好奇心に負けて仔狸は鼻面から穴へと突っ込んだ。
身体を全て塀の外へ潜らせてみて、驚いた。
だれもいないと思っていた目と鼻の先に、先客が居たのだ。
その奇異な姿に目を丸くする。
夜闇も弾く銀光の毛並み。
竹千代の前には見たこともない銀色の獣がいた。
胸の奥がぞわりと身じろぐ。
衝動のままに竹千代は口を開いた。
何も考えてはいなかった。
ただ、自然と本能が促すままに口を開いた。
だから、開いた己の口から人間のような言葉が流れてくるなど思ってもみなかった。
「おめぇも、たぬきなのか? ずいぶん変わった毛色だな」
言ってから竹千代は自分が人語を話したことに驚愕した。
しかしその驚きの感情も、目前の銀の獣が不機嫌そうに鼻を鳴らしたことで有耶無耶になる。
自分よりずっと大人であろう獣の気分を害してしまったのかと慌てて弁解のための言葉を紡いだ。
「あっ、そ、そういう意味じゃなくて! ただワシは、その毛色、きれいだと思って……!」
その言葉をさえぎるように凛とした声が場を制した。
その声が銀の獣から発されたものだと気づくのに暫くかかった。
「煩い、黙れ小僧」
「……あ」
自分以外に人語を発した獣、その声に竹千代の心が震える。
これだ、心の奥で空漠が叫んでいる。
ずっとずっと求めていたのは、この空漠を埋めるのは。
黙ってしまった竹千代を、間抜けな者を見るような冷めて細めた目で見て獣は言う。
「私は貴様とは違う。狸ではない、狐だ。そんなことも分からない脳なしの餓鬼なのか」
突き放すような言い方。
はっきりと、違うとその獣は口にした。
しかし竹千代の胸にその声はじわりと溶け、寒々しい穴を塗りつぶしていく。
同じだ、胸奥から突き上げてくる叫びが、同じなのだと激しく頭を揺らすように訴えていた。
チッと舌打ちした獣が竹千代を上から下まで睨め付け、そして最後にその鋭い視線が竹千代の目を貫いた。
「ここへ来たのは間違いだったか。私と同じ側の者の気配を感じてわざわざ人里まで降りてきたが、飼い慣らされ不抜けた狸が一匹とは、な。……去ね! 餓鬼はぬるい寝床にでも戻って人間に尾でも振っていろ!」
そう乱暴に吐き捨てると、銀の狐は一切の未練のない動作で踵を返した。
行ってしまう!
焦燥に、竹千代は弾かれたように銀狐の尾に噛み付いた。
作品名:寂しい仔狸の噺 作家名:イラクサ