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寂しい仔狸の噺

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兄弟とじゃれあったことのない竹千代は加減を知らず、思うより強く噛み付いてしまったかもしれない。
銀狐は痛みに一瞬息を詰め、去る足を止めた。
「いい度胸だな、貴様ァ……」
喰らい殺しそうな苛烈さを抑えた声音と共に狐の尾がぶわりと逆立つ。
引き留めることに成功した竹千代はその尾を放し、忌々しげにこちらを振り返った狐の目を見て必死に叫んだ。
「まちがいじゃない! おめぇはワシに会いにきてくれたんだろ? なら、……なら、連れていってくれ! ワシはおめぇといっしょにいたい。おめぇと、はなれたくないっ」
初めて会った、同じ、本当の仲間だと思うから。
想いを込めて狐の目を見た。
狐も真っ直ぐに竹千代から視線を外さない。
しかし無言のままの狐に不安が掠め、瞳が揺らぎ始める直前、狐はふっと瞼を落とすと、軽やかに飛び跳ね、くるりとそのまま一回転した。
竹千代はそれを瞬きせず見ていた。
それなのにその変化は段階を感じさせず、するりと獣が人型に転じていた。
背の高い痩身の青年が、袴姿で立っていた。
竹千代は再びどんぐり眼を丸くする。
素直に驚きを表したが、しかしそれは初めて見た変化の瞬間に対するものであって、この獣が人になった事実はまるで当然のように受け止めていた。
頭部の流れるような銀髪と、人になってもきつくつり上がったままの目つきが、その人間が紛れもなく先程の狐であることを示していた。
すっと白い手の平が差し出される。
薄い唇が小さく開いた。
「貴様がそのつもりなら、この手を取るも取らないも好きにしろ」
狐狸は差し出された白い手の、五本の細い指をじっと見つめる。
この手を取れば、もう戻れない。
共に生まれ育った兄弟達から完全に離れ、可愛がってくれた主の手を抜け出さねばならない。
彼らとぎりぎり繋がっていた、この姿を捨てなければならない。
しかし、と狐狸は月の光を浴びて立つ銀の化生を見上げる。
それでも、構わない。
空漠を埋めてくれるこの化生が己と共にいてくれるなら、構うものか。
覚悟を定めたその瞬間、狐狸は全てを悟った。
母が初めから己を捨てた理由も、仲間を仲間と思いこもうとしていた孤独も、その存在も。
自然に流れ込んでくるようだった。
だから教わるでもなく狐狸は目を瞑り、本能のまま、そうなりたいと望んだ。
ヒョイと宙を跳ぶ。
そしてストンと地に足をつけた時、その足は今までの小さな獣の姿ではなかったし、目を開けた時の視線も今までよりずっと高かった。
変わった視点で銀の青年の顔を見れば、気のせいかと思う程微かに、ふっと吐息をもらして口の端を上げていた。
それを見て、竹千代は嬉しくなった。
全てが満たされて感じた。
銀の青年と同じ形の、それよりも小さな手を挙げ、青年のそれに重ねようとした。
しかしその直前で思いとどまったように動きを止める。
その様子に訝しげに小さく首を傾げた青年の銀色の尾がゆらり揺れる。
竹千代は重ねようと下手を下ろし、口を開いた。
「ワシの名は竹千代っていうんだ。なぁ、おめぇの名は?」
あるんだろうと問えば、銀の尾がもう一度逆の方向にゆらり揺れる。
逡巡のような間の後、低く短く、銀の化生は応えた。
「……三成だ」
「みつなり?」
復唱して、竹千代は俯き、その名を幾度か口内で転がす。
「みつなり、三成か。……そうか、三成。……へへっ」
パッと顔を上げた竹千代はニッコリと笑みを咲かせると三成! と喜色の声をあげた。
「何だ、……ッ!?」
未だ伸べられたままの手を無視して、竹千代は三成の腰に勢いのまま、がばりと抱きついた。
幼子の力とはいえ、全力で身体をぶつけられれば三成の上半身もぐらりと傾ぐ。
「みつなり! ……みつなりっ、ありがとう、来てくれて。寂しかったんだ。ずっと、ずっと寂しくて、だから、だからワシはたぶんずっと、三成をさがしてたんだ……っ」
息が続くままに、胸から気持ちが溢れるままに竹千代は思いを吐き出した。
三成の腕が竹千代の頭の高さまで持ち上げられ、しかし途中で行き場を失ったかのようにぎゅっと拳の形に握ると、すっと脇に下ろされた。
竹千代は三成の細腰に抱きついたまま、顔をぎゅっとその腹に押しつけていた。
三成の着物を腰の方でひっしと掴み、その存在を確かめるように顔をすりつける。
小さく竹千代の頭が揺れるのに合わせて、小さな軽い音がからころと鳴った。
公家屋敷の主から賜った鈴の音だ。
竹千代の首に黄色い帯紐で括られたそれに三成の視線がちらりと注がれる。
三成はぐいと強い大人の力で張り付く幼子の身体を押しのけると、拒絶されたと思ったか不安げに瞳を揺らした竹千代の前に中腰になった。
竹千代の目線と三成の目線が等しくなる。
三成の目線はさらにするりと下がり、それは竹千代の首元まで落ちた。
三成の右手が持ち上げられ、竹千代の首と頭の境目あたりに添えられた。
支えるようにその手は顎を持ち上げる。
どうするつもりか三成の意図が読めない竹千代は、ただひんやりと冷たい手だとその心地を享受していた。
「動くな」
端的に命令して三成は竹千代の首に、その首に括られる帯紐に顔を寄せた。
途中鼻に触れた三成の獣の耳がくすぐったい。
きょとんとした丸眼で動作を追う竹千代の首に、三成の薄い唇が触れる。
「……ッ」
冷たい手と反してその唇の感触は熱いようで、竹千代は思わず息を呑んで肩を強張らせた。
顎の辺りに添えた手でその強ばり感じた三成は安心させるように一度、ぺろりと帯紐から外れた肌を舐めた。
竹千代は余計に頬が熱くなるのを感じて、ぎゅっと目を瞑る。
普段からふっくらとした尾がさらに二回りもぶわりと膨らんだ。
その色は知らず、三成はそのまま帯紐まで唇を滑らせ、そして唇を押しつけたまま、鋭い牙を剥いた。
柔肌を巻き込まぬよう、黄の帯紐を牙の上下で挟む。
竹千代はハッとして三成の意図に気づいた。
顎の力が込められ、布の軋む音がぎしりと鳴り、同時に鈴の音もかろりと響いた。
幾ばくもしないうちにぶちんと糸が切れる感覚が肌を伝わった。
三成は屈めていた腰を上げ、竹千代と身体を離す。
竹千代は触れていた三成の手が離れていくのを名残惜しそうに目で追っていた。
三成の口にはその牙の餌食となったあの帯紐が咥えられ、引っかかっていた。
三成がもう少し大きく口を開くと、ぽとりとその食い千切られた紐が地に落ちる。
にやりとお世辞にも爽やかとは言い難い笑みの形が三成の口元に浮かべられた。
「これで、貴様は完全にこちら側のものだ」
「……ああ、ワシは、三成といっしょにいく」
今度こそ去るため完全に屋敷に踵を返した三成の後ろ姿を追って置いて行かれないように駆けだした。
大きく歩を進める三成の横にどうにか追いつき、竹千代はその左手に右手を絡ませた。
三成は握りかえすことはしないが、煩わしいだろうそれを振り払うこともない。
竹千代はまた満ちた心を感じて、幼い声で愛しい同族の名を呼んだ。
「みつなり」


これがある夜の、銀狐と狐狸が出会った噺だ。
三成という名の銀狐、竹千代という名の狐狸、二匹の化生が出会った物語。


作品名:寂しい仔狸の噺 作家名:イラクサ