手遅れ?【臨帝&遊帝】
「いいじゃない、いいじゃない。ゆまっちの嫁をしばらく紀田君に貸して上げなよ」
「えぇ!!」
悲痛な声を出す遊馬崎の手を握って「僕が遊馬崎さんの枕になってますから、正臣には今あの娘が必要なんです」と力説する帝人。
当の正臣本人は首を横に振りまくっていたが誰も聞きはしない。
「俺の嫁が……」
「みかプーが代わりになってくれるって、ね?」
「はいっ!! いくらでもぎゅうっとして大丈夫ですよ」
「紀田君、汚さないで下さいよ? ぎゅうぅ」
「大切にしてあげてよ。ぎゅうぅ」
抱き合っている遊馬崎と帝人に生温い視線を送る門田と渡草。
「なんだ、この空間」
「狩沢の悪ふざけなのか」
「ふざけてないよー。みかプーもゆまっちも紀田君も幸せで良かったじゃない」
運転席と助手席の呟きにツッコミをいれる狩沢。
正臣は「俺は別に幸せじゃないんすけど」と遊馬崎の嫁を持て余した。
「恋の傷は新しい恋で癒すものよねー」
「紀田君が枕を好きになっても私たちは友達ですよ」
「杏里! 俺はそんな性癖に目覚めたりしないから!!! 二次元属性ないから!」
「帝人君、紀田君が俺の嫁を寝取る気っすよぉ……うぉぉぉ」
「泣かないで下さい。ごめんなさい、僕が遊馬崎さんの大切な娘を正臣に渡したりしたから……」
「責任とってみかプーが」
「だから、狩沢さん!」
「やめとけ、紀田。何を言っても無駄だ」
「恋は騙し合いで化かし合いでしょ。誤解を解くも解かないも重ね掛けの嘘も理想も全部最後は自分が決めるのよ」
抱き合っている遊馬崎と帝人、二人の姿を狩沢は帝人の携帯電話を使って撮影する。
「本当は私もこんなに介入したくないけど……騙される方が悪いよ。そして、動かない奴はもっと悪い」
どこかへメールを送ったようだが遊馬崎と「ぎゅう」っと言い合っている帝人は気付かない。
女の怖さを見るような気持ちになって正臣は少し寒くなった。
「確かにこの嫁は気持ちいい」
傍らで笑っている杏里の方がやわらかくてあたたかい気がしたが正臣はもう何も考えたくなかった。
何も言ってこないイラストがプリントされた枕は疲れている時に非常に都合がいい。
(……狩沢さんはともかく、遊馬崎さんはどう思ってるんだ?)
帝人を抱きしめている遊馬崎は満更でもないのだろうか。
正臣はこれからのことに溜め息を吐きたい気持ちでいっぱいだった。
夜、チャットルームにて。
セットン【そう言えば太郎さん誕生日でしたよね】
セットン【おめでとうございます~】
太郎【覚えててくれたんですか】
甘楽【おめでとうって言うために待ってたんですよ】
太郎【ありがとうございます、セットンさん】
セットン【ちょ、甘楽さん無視www】
太郎【甘楽さんもありがとうございます】
内緒モード 甘楽【帝人君、何を怒ってるの? あの写メなに?】
内緒モード 太郎【写メって何の話ですか?】
内緒モード 太郎【あと、怒ってません】
内緒モード 太郎【写メって……盗撮ですか?】
内緒モード 甘楽【君と遊馬崎の、アレは合成じゃないだろ。何? 悪ふざけ? 当てつけてるわけ?】
内緒モード 太郎【何を言ってるんですか?】
内緒モード 太郎【臨也さんが何を考えてるのさっぱり分かりません】
太郎【来てすぐですけど、ちょっと睡眠不足で】
太郎【今日は早めに寝ます~】
セットン【おつですー】
内緒モード 甘楽【言い逃げ?】
内緒モード 甘楽【何考えてるのか分からないの、君の方なんだけど】
甘楽【睡眠不足って太郎さんってば誰と何してたんですか??】
甘楽【甘楽の知らないところでプンプン!!】
太郎【誕生日になった瞬間に連絡するって言ってくれた人がいて】
太郎【ちょっと待ってたら目がさえちゃってそのまま】
セットン【あちゃー】
セットン【うっかりでも、悲しいですね】
セットン【太郎さん、おめでとう】
太郎【忙しかったから忘れたのかと思ったんですけど】
太郎【悲しかったですね】
内緒モード 太郎【わかってます。軽口を本気にとった僕が馬鹿でした】
内緒モード 太郎【期待なんかしてませんでした】
内緒モード 太郎【僕はもう気にしませんから臨也さんも気にしないで下さい】
太郎【でも、友達にいっぱい祝ってもらったので】
太郎【平気です】
セットン【今日が一日楽しかったなら良かったですね】
太郎【セットンさんもありがとうございます】
太郎【じゃあ、おやすみなさい~】
セットン【おやすー】
太郎さんが退室されました。
セットン【あれ?】
セットン【甘楽さん?】
セットン【甘楽さん~??】
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コートを着込んで臨也は駆け出す。
もうすぐ今日が終わる。
きっと同時に恋も終わる。
帝人にだけ教えていた携帯電話にメールの着信。
件名「手遅れ?」の一言に心の中で「うるさい」と叫ぶ。
誰だか知らないが引っ掻き回してくれたと掴みかかりたかったが、
それ以上に自分の手落ちが目についた。
(日付変更直後にメールして、もし返信があったら会おうと思ったんだ)
花束を買ってみた。
お揃いのストラップやマグカップなど柄にもなく悩んで選んだ。
渡す前に静雄に見つかって逃げる途中で全部ダメになった。
最低の気分だった。
携帯電話の電波も悪くてメールはなかなか送信できず、その内0時を過ぎた。
『俺が一番に帝人君におめでとうって言ってあげる』
もう誰かからのメールが届いたかもしれないと考えると腹が立って改めて出直そうと思ったのだ。
帝人はきっと自分が言ったことなど忘れているだろうと臨也は確かに軽く考えていた。
『期待なんかしてませんでした』
期待して待っていたのだ。
ずっと、ずっと。
今だって、きっと。
「なんで……ッ!!」
帝人の家に電気はついていなかった。
眠ると言っていたのでその通りに寝たのだろう。
合鍵を使って勝手に侵入して、ひとけのない部屋に愕然とする。
どこへ行ったというのだろうか。
もう春になるのに吹く風が冷たすぎた。
作品名:手遅れ?【臨帝&遊帝】 作家名:浬@