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ある夕方のこと

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 アンディは図書館の奥の世界中の著名な作家の全集が置いてある棚へと向かった。
 布張りのどれも分厚く重たい全集がびっしりと棚を占めている。
 この図書館においてもっとも人の来ないスペースだ。
 ズラリと並んだ有名な作家たちの名前。
 それと向かい合ってアンディは目を閉じた。
「んー……」
 指でツッ……と本の背表紙をなぞっていく。
 その指を横にずらしていって適当なところで止めようとした。
 もうこうなったら指の止まったところの名前をとりあえずあげていこうと決めて。
 横で見ているバジルの視線を感じる。
 バジルは無言でアンディのすることを見ている。
 アンディは気にせずに指を止め、目を開けて、その名前を読み上げる。
「『エドガー・アラン・ポー』は?」
「……」
 返事がない。ただ沈黙が返るのみ。
「……バジル?」
 アンディは手をのばして本を指差したまま振り向く。
 バジルはなんだかいやに真面目な顔をして黙りこくっていた。
「バジル? どうかした?」
「いや……」
 じっとアンディを見ていた視線がふいと逸らされる。
 口を濁して、バジルは落ち着きなく辺りを見回す。
 そして、横目でアンディの方をちらりと見て、『そいつでいいぜ』と言った。
「え、本当?」
 喜ぶよりも呆然としてしまう。あれだけ誰の名前を言っても却下だったのに。
「この人でいいの?」
 アンディは疑わしげに確認する。
 バジルはアンディの方に向き直って『ああ』と不承不承といった様子ながらうなずいた。
 アンディは心底からホッとした。
 これでやっと執行部に行ける。きっとウォルターが教室で待っている。
「アンディ。ちょっとその本取れよ」
 そうと決まればさっさと教室に戻りたかったが、横からバジルが何気ない様子で言う。
 アンディは本に手をのばしたままだったので、そのままその本を引き抜く。
 それを手に、バジルに差し出した。
「バジル、この本読むの?」
 成績がいいらしいが、作家の生涯をまとめるだけなのに、作品まで読もうというのだろうか。ずいぶん勉強熱心なことだ。
 アンディは首を傾げた。
 続いてのバジルの行動に、なおいっそう首を傾げさせられる。
「ちょっ、ちょっと……」
 ドサ、ドサ、ドサッ。
 バジルは全集を適当に引き抜くと、アンディの手の上に乗せていく。
 アンディは慌てて本が落ちないように両手で抱え込んだ。
「アンディ」
 ドンッと肩を突かれ、本棚にぶつかる。
 バジルはその横に本棚に肘をついてアンディに覆いかぶさるようにして顔を近付ける。
(あ……)
 何をされようとしているか気付いてアンディは身動く。
 だが、両手には本の山があり、横はバジルの腕が邪魔で抜け出せない。
 本を落とすことも考えたが、その音で誰かが見に来ないとも限らない。その場合のバジルの行動が予想できなかった。
 ゆっくりと、唇が近付いてくる。
(もう……)
 バジルを見つめていた目をふせる。
 顔を少し傾けて持ち上げる。口をわずかに開いて。
 望まないキスに、それでも応える準備をする。
(ちくしょう……)
 悔しかったが、それさえ悟られたくない。
 こんなことはなんでもないことだ。
 気にしていると思われたら負けだ。
 薄く開いた目に、ニヤリと得意そうに笑っているバジルが映る。
 本がここまで重たいものでなければ、腹を蹴ってやっているところだ。
「んっ……」
 せめて皮肉のひとつでも言ってやろうかと声を出しかけた唇をふさがれる。
 柔らかくて少し湿った唇が強く押し付けられる。
 慣れてきた相手の呼吸に合わせようとする。
「何してんだよ」
 キスに奪われそうだった意識が引き戻され、ビクッと身がはねる。
 聞こえたのは、怒りに低められてはいるが、間違いなくウォルターの声。
 バジルが唇を離し、ゆっくりと振り向く。
 アンディも同じ方向を向く。
 通路の端にウォルターの姿。
(見られた……!!)
 今度こそ、しっかりと、言い逃れできないレベルで、はっきり目撃されてしまった。
 ウォルターは怒りに目を据わらせてふたりを見ている。
 アンディはバジルから身を離そうとしたが、それをバジルは許さなかった。
「何、って? キスだよ。見てわかんねぇのか、てめぇは」
 嘲るように笑ってアンディを抱き寄せようとする。
 いやいや、と首を振って身をよじったアンディの手から本がすべり落ちる。
 ドサドサッ。
 アンディは自由になった手でバジルの胸を押し退けて身を離した。
 バジルもその音で人が来ることを警戒したか、素直にアンディを解放した。
 本を拾おうとしたアンディの腕をウォルターがつかんだ。思わず顔を歪めるほどの強さで。
「執行部の時間だ。行くぞ」
 有無を言わさぬ調子でアンディを引っ張る。
 そこに来た司書に『すみません』と謝って、強い力でアンディをぐいぐいと引っ張り、その場から離れさせる。
 ウォルターに引きずられながら、後ろを見ていたアンディは、バジルがひどく悔しそうな顔をしていることに気付いた。
 なんだか、おもちゃを欲しがって泣きわめくこどものような。
 何故だかズキン……と胸が痛んだ。
 その顔がだんだん遠くなっていく。
(どうしよう……)
 ウォルターはどうしてだか怒っている。
 まあ、同級生と……それもあのバジルと……学校の図書館でキスしていたんだから怒るのも無理はない。
 執行部があることを知りながら待たせたことかもしれない。
 もっと単純に、昼食の時に嘘を吐いていたことが彼を怒らせたのかもしれない。
 いろんな可能性がある。だが、そのどれだろうか。
 どれがここまで彼を不機嫌にさせているのだろう。
 先ほどからアンディの『待って』とか『離せ』という言葉をちっとも聞かずに引っ張って歩く。
 周囲の視線が突き刺さる。
「アンディ」
 しばらくしてアンディを見下ろしたウォルターの目は冷たく鋭く光っていて、顔は歪められていて、本気で腹を立てていることがわかる。
「帰ったらさっきの説明しろよ」
「……うん」
 悄然としてうなずく。
 猶予は会議の間。
 寮に帰ったら話さなければならない。
 腕を放されて、その痛みに何故かひどく胸がもやもやとして、今日起こった出来事のすべてを否定したくなった。
 こんなのは嫌だ。



作品名:ある夕方のこと 作家名:野村弥広